「火と水を抜けて」

原題:Eld och djupa vatten (火と深い水)

ドイツ語題:Durch Feuer und Wasser

 

 

カミラ・グレーベ / オーサ・トレフ

Camilla Grebe / Åsa Träff

 

出版社によるプロモーションページより。左がトレフで右がグレーベ。

 

<はじめに>

 

カミラ・グレーベとオーサ・トレフは実の姉妹である。ふたりの共作によるサイコセラピスト(心理療法士)シリ・ベルイマンのシリーズは、スウェーデンのみならず、英国、ドイツでも人気を博している。

 

<ストーリー>

 

一九八五年、聖ルチア祭の朝。朝四時半に目を覚ました少年は窓の外を見る。薄く雪が積もっている。少年は七歳。彼は小遣いで買ってきた聖ルチア祭のためのクッキーを皿に盛る。盆に飲み物も乗せる。彼は両親と妹が起きてきたときの「サプライズ」の準備をしていたのだ。彼は、蝋燭に火をつけ、二階へ上がり、廊下の机の上に置く。彼はそのとき、窓の外に人影を見たような気がした。

「新聞配達?」

彼は階下に降り、玄関のドアを開け外に出る。ドアが自動的に閉まり、ロックが掛かってしまった。彼は、二階の窓を見上げる。家の中はオレンジ色の炎に包まれていた。

 

シリ・ベルイマンはストックホルムのカフェで、アイナと会っていた。アイナは癌の治療を済ませ、快復してきたばかりで、顔色が冴えない。シリは数年前に、夫のステファンを病気で亡くしていた。夫が死んでから、彼がアイナと不倫をしていたことを知る。そのアイナも病に倒れ、シリは病気の良くなったアイナと久しぶりに会っていたのだった。しかし、シリはアイナを責められなかった。自分も同僚のジミーと寝たことがあったからである。アイナとシリは、かつてスヴェンが経営する心理療法の診療所で働いていた。一度は引退したスヴェンだが、もう一度二人と一緒に働いてみたいという。アイナが過去を水に流そうというが、シリはそれができない自分を感じる。シリには前夫との間にエリックという息子がおり、今はマルクスというパートナーと一緒に住んでいた。

オルガは、夫のステンと共に、永年子供たちの里親をやっていた。両親と住めなくなった子供たちを、ソーシャルサービスの紹介で引き取り、育てていた。その二十人目の子供がノヴァ・リーであった。ノヴァ・リーは、オルガ夫婦や、他の子供たちと馴染もうとせず、オルガは悩んでいた。ノヴァ・リーは、誰にも心を開こうとはせず、残った食事をベッドの下に隠していた。夕食後、ノヴァ・リーはまだ外のブランコで遊んでいた。燐家の子供たちも一緒にいる。オルガが目を上げると、窓の外のノヴァ・リーの姿が消えていた。彼女は慌てて外へ出る。ノヴァ・リーはいなかった。隣の子供たちもどこへ行ったか知らないという。車が去っていく音がかすかに聞こえる。

休暇明けのシリが警察署に出勤すると、会議室にジミーがいた。彼は頭を剃り、刺青を入れていた。シリは彼と一度だけ寝たことがあった。間もなく、警察の「プロファイリング・グループ」のリーダーのカリンが入ってきた。前回の事件で腰を負傷したカリンは、その後車椅子での生活を余儀なくされていた。

「行方不明になった子供のことで、犯人のプロファイリングを捜査班から依頼されたの。」

とカリンは話し出す。いなくなった少女は、ノヴァ・リー、九歳。十日前から里親の家から行方不明になっていた。夕方他の三人の子供たちと一緒にいたというが、誰も彼女がいなくなる瞬間は見ていなかった。母親のサンドラ・ペルソンに容疑がかかっているという。サンドラは麻薬常習者で、被害妄想の障害があった。母親がノヴァ・リーと弟のリアムを虐待していると、近所から何度も通報があり、ソーシャルサービスは、子供たちを母親から引き離し、別の里親に保護を依頼したという。サンドラは、ヴィクトル・ランスという男と一緒に暮らしていた。彼も麻薬常習者であり、ネオナチの組織の一員だった。

 捜査会議に遅れて、ヴィヤイが現れる。彼はシリの大学の同級生で、同僚であるだけではなく、一番の親友だった。シリと捜査官のエルヤンが、里親から、もう一度話を聞くことになった。

シリとエルヤンは、里親を訪れる。家の裏は、森になっており、子供が気付かれずに逃げ出すか、子供を気付かれずに連れ去るには、絶好の場所だった。里親のオルガとステンは、ノヴァ・リーが二カ月前に彼等の家に来たと話す。ノヴァ・リーは里親に対してずっと心を閉ざし、彼等は突破口を見つけられないでいた。ノヴァ・リーは、行方不明になった日、夕食の後外に遊びに出た。オルガは七時過ぎに、彼女がブランコに座っているのを見たのが最後だという。オルガは、その日、特別なことは何も起こらずなかったと話す。もし、ノヴァ・リーが自分の意思で去ったならば、大事にしていたタブレットコンピューターを持って出たはずだと、オルガは主張する。シリとエルヤンは、ノヴァ・リーが、顔見知りの人物に連れ去られた可能性が強いと考える。

 

一九八五年、一月。少年は、ゲルトのアパートでビデオを見ていた。

「パパ・ママ・エルゼマリーには、もうビデオが必要ないと。」

そう少年は思う。少年が呆然と火事を見ていると、消防がやってきた。彼は、救急車で病院に運ばれ、診察を受け、入院した。夜、病室を抜け出した少年は、待合室に新聞が置いてあるのを見つけ、手に取る。「火事で三人が死亡。少年だけが奇跡的に助かる」そのような見出しが新聞に出ていた。翌朝、警察官と、ソーシャルサービスの人間が現れる。

「心配することはない。火事は事故だ。」

と警官は少年に言う。

数日後、少年は当座の里親であるゲルドの家に送られる。ストックホルムの街中のアパートであった。六十歳を超えたと思われるゲルドは、一人暮らしで、小柄で痩せた女性だった。少年はゲルドを気に入った。

「ずっとあなたと住むの?」

という少年の問いに対して、

「私はあなたを育てていくには歳を取り過ぎている。もうすぐ、別の里親が見つかるから。」

とゲルドは答える。少年の父方の祖父は亡くなり、祖母は認知症、叔父がひとりいるが、彼は軍人で海外にいた。母方の祖父母、親族は、エホバの証人で、宗教を抜けた少年の母親と没交渉になっていた。親戚で、少年を引き取れる人間はいなかった。結局、少年は、ラッセとイレーネ・ヴィョルクという家族に引き取られることになる。少年は、その人たちが良い人間であることを祈る。

 

 シリは、マルクスとマリッジカウンセリングに来ていた。ふたりはカウンセラーのイェスパーに呼ばれる。シリがジミーと関係を持ったことを打ち明けた後、マルクスは、

「夫と子供に対する裏切りだ。」

と言い、シリを許さなかった。その日、嫌がるマルクスを、シリがカウンセリングに連れてきたのであった。シリは、夫がアイナと関係を持ったことを知った時の、自分の感情を思い出していたが、気が付くのが遅すぎたと感じる。

 カウンセリングの後、シリは、エルヤンと、ノヴァ・リーの通っていた学校へ向かう。そこで担任のニコレ・ファン・ヘート・スヴェンソンに会う。教師は、ノヴァ・リーが「家族」という題で描いた絵を見せる。そこには、母親と弟の他に、窓の外に立つ男が描かれていた。その男の頸には痣があり、ナイフを持っていた。教師が、その男が誰かと、ノヴァ・リーに尋ねたところ、彼女は、

「もうひとりの父親。」

と答えたという。

 ヴィヤイの机の上には、ノヴァ・リーの母、サンドラ・ペルソンに関する書類が積み上げられていた。ヴィヤイは、

「統計的に見て、母親が誘拐の犯人である確率は極めて高い。」

と言う。サンドラは、幼い時から反社会的であり、暴力的であり、両親が彼女を精神科の病院に連れて行っていた。シリは、当時、サンドラのケースを担当した、ソーシャルワーカーに話を聞いてみようと思う。シリは、ソーシャルワーカー、モニカ・ハゲリンに電話をしてみる。ハゲリンは、まだ現役で働いていた。彼女は、これまで何人もの子供たちのケースを扱っていたが、働き始めて間もないころに担当したサンドラのケースをよく覚えていた。ハゲリンは、サンドラは彼女がこれまで出会った中で、最も暴力的なケースだったと述べる。サンドラは同時に、閉鎖的、無感動、攻撃的な子供だったという。現代なら、病名が付いて、入院を余儀なくされていただろうと、ハゲリンは言う。サンドラは、ティーンエージャーのときに家を出て、麻薬を始め、ネオナチの男と暮らし始める。そして、ふたりの子供を設けるが、その後、また極度に精神的に不安定になり、被害妄想が強くなったという。サンドラの父親は死亡、母親はスペインに移住したという。シリはサンドラが、誘拐の犯人である条件が揃っている、いや、揃い過ぎていると思う。ヴィヤイは、母親の方が、性犯罪者よりもましで、子供がまだ生きている可能性があると考える。ヴィヤイとシリは、サンドラを直接訪問することにする。

ストックホルム郊外、低所得者の住居が立ち並ぶ場所に、サンドラは住んでいた。サンドラは在宅で、ヴィヤイとシリを招き入れた。サンドラは、自分と、ノヴァ・リーの失踪との関与を否定する。誰がやったと思うかというシリの質問に対して、サンドラは、

「警察が自分たちを逮捕するために、ソーシャルワーカーが仕組んだ罠。」

「ノヴァ・リーとリアムの父方の祖母。」

ふたつの可能性をサンドラは挙げる。そこへパートナーのヴィクトル・ランスが戻ってくる。彼には頸に痣があった。シリは、ノヴァ・リーの絵に描かれていた、「ナイフを持った別の父親」がランスであることを知る。

ストックホルム郊外。ヨハンナは子供たちを学校へ送って行った。六歳のリアムもその子供たちの一人であった。彼女が携帯で話をするために、目を離したすきに、リアムが見えなくなった。一緒にいた子供たちは、リアムが車で連れ去られたという。

 

一九八六年一月、少年はニュケーピングの農場の前に立つ。彼は、ゲルドの下でクリスマスを過ごした後、ここへ来たのだった。イレーネという太った女性が彼を迎え入れる。イレーネが彼の新しい里親であった。イレーネはラッセという病弱な息子とそこで暮らしていた。少年は自分にあてがわれた部屋に案内される。その部屋にはヘレナという女の子が前に住んでいたようだった。彼は、机の引き出しの中に、ヘレナの書いたメモを発見する。それは、母親に宛てた手紙だった。

「イレーネとラッセは私にひどい扱いをする。お願い、迎えに来て!」

と書かれていた。

 

ストックホルムのレストラン。シリはアイナと一緒にいた。アイナが一度マルクスに会いたいという。

「また誘惑する気?」

と言ってしまい、それをシリは後悔する。ふたりの間に気まずい空気が流れる。そのとき、シリの電話が鳴り、彼女は緊急事態ということで警察に呼び出される。

週末にも関わらず、警察では、チームの全員が召集されていた。姉のノヴァ・リーに続き、弟のリアムも行方不明になったのだ。そして、母親のサンドラと、パートナーのランスにはアリバイがあった。リーダーのカリンは、シリとヴィヤイに、翌日、子供たちを担当しているソーシャルワーカーと、子供たちの祖母を訪れるように命じる。祖母はふたりの孫の養育権を何度か請求していたが、それは却下されていた。

夜遅く、シリは家に戻る。夫のマルクスは、彼の同僚の女性を好きになったと言う。しかし、彼女とは寝ていないという。シリはショックを受ける。翌朝、シリはカウンセラーのイェスパーを独りで訪れる。彼女は、夫に好きな女性がいることを告げる。

「家族を失いたくない。」

というシリに対して、カウンセラーは、

「あなたにとって大切なものは、個人ではなく、家族なのか。」

と問いかける。

 

少年はいつも朝六時に起き、動物の世話をしてから学校に行っていた。彼は学校が好きであった。教師も好意的だし、マルコという友達も出来た。そして、何より、エスメという「気になる女の子」の存在があった。家では、イレーネは少年を時々殴った。イレーネは夜、「カクテル」を飲んで、ソファに横たわっていた。彼女は少年にもそれを飲むことを勧めるが、少年は断る。

 

シリはノヴァ・リーとリアムを担当していたソーシャルワーカー、ヤコブ・ローゼベリを訪れていた。

「子供たちを母親の下から連れ去る以外に方法はなかった。」

とローゼベリは言う。サンドラは麻薬中毒で統一失調症であり、子供たちが放置されていると、隣人から何度も通報があった。警察やソーシャルサービスが駆け付けると、サンドラとランスが、麻薬を吸い、朦朧としていることが多かったという。ローゼベリは、里親の下で、全ての子供たちが幸せでないことは認める。それどころか、虐待されているケースも多々あるという。そして、里親を見つけることは年々難しくなっていると嘆く。

「ノヴァ・リーとリアムの里親の住所を知り得るのは誰か。」

とシリは尋ねる。ローゼベリはITの人間に聞いてくれと、担当者を紹介する。ITの担当者ハルディンは、ノヴァ・リーとリアムの住所が登録されているデータベースにアクセスしたのは三人であるという。ソーシャルサービスの人間の他に、正体の分からない一人がアクセスしていることであった。

ストックホルム郊外のどこか分からない場所。女性が森の中を歩いている。彼女は、監禁されていた場所を逃げ出したのだった。彼女は飼い犬と一緒にジョギングをしている際に、男に連れ去られた。誰かが倒れているので、傍へ近づくと、その男が犬を殺し、彼女を拉致したのだった。彼女は道路の方へ向かって進む。男はすぐ後を追っているのが分かる。彼女は橋の上にたどり着く。追手はすぐ傍にいた。

「これ以上近づいたら、橋から飛び降りるわよ。」

と彼女は叫ぶ。

シリとジミーは、ノヴァ・リーとリアムの祖母であるイヴォンヌ・ヘドマンを訪れていた。彼女は一九六〇年代にフィンランドから移住、看護師をしながら五人の子供を育てていた。ノヴァ・リーとリアムの父親であるバッセだけが問題児で、バッセは麻薬中毒となり、今、更生施設にいるということであった。そして、バッセもサンドラも、親としては不適格だと判断し、自分が孫の養育権を申請したが、認められなかったという。イヴォンヌは孫たちを連れだしたのは、母親のサンドラの可能性が高い、もし、そうでなければ、ソーシャルサービスだと言う。

 

少年は、小屋でウサギの世話をしていた。彼は、一匹のウサギと特に仲良くなっていた。そこへイレーネが現れる。彼女は、ウサギは食べるために飼っており、殺すことが前提であるという。イレーネは少年にウサギを押さえさせて、ウサギの首を斧で切断する。少年の人差し指の先も誤って切断される。

 

アイナとシリは、かつての上司であるスヴェンとレストランで会っていた。一度引退したスヴェンだが、再び診療所を開いて、アイナとシリを雇いたいと考えていた。最近どうしているかとスヴェンに問われ、シリはノヴァ・リーとリアムの失踪事件について話す。スヴェンは、

「一見完璧に見える家族にも、背後には問題が隠されているものだ。あなたが、それを一番良く知っているはず。」

という感想を述べる。

エジプト人のティーンエージャー、アデーラ・アリは「フェイスブック」を見ていた。彼女はそこに投稿されていた写真の女性を見たことがあったような気がする。しばらく考えて、彼女はそれが誰か思い出す。

マルクスとシリはまたカウンセリングルームにいる。マルクスは家族を維持するために、自分が折れることを考え始める。

「シリは、エリックや自分のことをどうでもよいと思っている。」

とマルクスは述べる。それを否定しようと思ったとき、シリの携帯が鳴る。カリンからの緊急の呼び出しで会った。慌てて出ていくシリに、

「俺はまさにこのことが言いたかったんだ。」

と言う。

 

左手の指先を怪我してから、少年は二週間家にいた。二週間ぶりに学校に戻った少年は、勉強に専念できない。自宅療養中、エスメはカードを送ってきて、マルコは母親と一緒に見舞いにきてくれた。授業が終わる際、教師のビョルンは、少年に残るように言う。

「これから聞くことに正直に答えてくれ。」

と前置きし、ビョルンは、少年に何が起こったのかを尋ねる。少年は泣きながら真実を述べる。

「今言ったことが本当なら、きみはもうイレーネやラッセのところに戻らなくていい。」

と教師は少年に言う。

 

シリ、エルヤン、ヴィヤイ、ジミーのプロファイリング・グループ全員が、カリンの緊急招集に応じて警察署に集まる。カリンはフェイスブックに載っていた写真を見せる。それは、白黒で、何十年も前に撮られたように加工されていたが、実はごく最近撮影されたものであった。三十歳前後の女性がパンをこねており、床に少女が座っている写真。その少女はノヴァ・リーで、足首に行方不明になる前日に自転車で転んで怪我をしたときの傷があった。つまり、行方不明になってから直ぐに撮影されたものであった。その写真は、あるフォーラムからフェイスブックに転載されていた。そのフォーラムへの投稿の方法は、巧みに投稿者を隠す細工がなされていた。写真は、発表するのを前提に、前もってアレンジして撮られた可能性が高かった。

夜遅く家に帰ったシリは、マルクスと暖炉の前に座っていた。シリは、マルクスがカウンセリングで融和の気配を見せてくれたことを喜んでいた。マルクスはシリに茶を入れる。そのときまた、シリの携帯が鳴る。ジミーからの電話であった。写真に写っていた女性が、カイサ・ライタネンという行方不明になっている人物と特定されたという。シリは家を出て、ジミーの車で、カイサの夫の家に向かう。カイサの夫、テロ・ランタネンは写真を見てショックを受けたようだった。健康で、スポーツ好きだった妻が、痩せこけていたからである。また、髪型も全然違うと言う。そして、隣に写っている少女、ノヴァ・リーは見たことがないという。

ルネとマイ・ブリットの夫婦は、荒天の中、ヨットに乗っていた。ヨットが、何かにぶつかる。それは、浮いている若い女性の死体であった。

 

一九八六年の秋、少年は新しい学校にいた。彼は、ストックホルムに戻り、新しい里親、キキとホカンの家に住み始めていた。その日は、少年の誕生日であった。里親は、彼のためにケーキを焼き、プレゼントを贈って、誕生日を祝ってくれた。夫婦には、ヘルマンという、十五歳の息子がいた。ヘルマンも、少年にプレゼントがあるという。そのプレゼントを渡すので、夜少年の部屋に来るという。

キキとホカンが寝てしまった後、ヘルマンが少年の部屋にやってくる。ヘルマンは、プレゼントとして、ミニカーとそれを走らせるサーキットを持ってくる。少年は、余りに高価なプレゼントに驚く。

「これはお前の物だ。そして、これから起こることは、誰にも言っちゃいけない。」

ヘルマンは少年にそう言うと、彼に裸になるように命令する。

 

 警察では、事件の見直しが行われていた。これまでの母親による犯行説が強かったが、カイサの関与が全てを変えた。そこへ飛び込んで来たのが、カイサの死体が発見されたという知らせだった。

 エリンはブログを書いていた。「私の生活と言えるもの」というタイトルのブログ、それを更新し、読んだ人間とチャットをすることが彼女の最大の楽しみだった。彼女は、ブログの読者に、ひとり極めて好意的な反応を示してくれた人物がいることを知る。その人物は「孤独な父親」と名乗っていた。

 エルヤンとシミは、カイサの死体が保管されている検屍室を訪れる。検屍医によると、カイサは、死んだとき極度の栄養不良であった。死因は溺死。身体のあちこちに傷があるが、それは数カ月前の古傷と、死の直前に出来た新しい傷の二種類であった。

 「孤独な父親」がフォーラムのページに新たな写真を投稿した。写真分析の専門家であるベラが、その写真を調べる。彼女はその中で、本棚の中に立っている本と、鏡に映っているものに注目する。本棚の本は、雑多なものであったが、全て一九八六年に刊行されたものだった。また、鏡にはナッカのテレビ塔が映っていた。

 

 一九九〇年、少年がキキとホカンの家庭に住み始めて、既に四年が経っていた。その間、ヘルマンはずっと少年を性的に虐待し続けていた。

 

 エリンは、「孤独な父親」からの

「三十分後に迎えに行く。」

というメッセージを受け取る。身の回りの物を入れた鞄を持って、彼女は玄関を出る。

「携帯とラップトップは、絶対忘れないように。」

との指示があった。しかし、エリンは、ラップトップをアパートに残したまま、迎えの車に乗ってしまう・・・

 

<感想など>

 

ふたつのストーリーラインが、並行して語られる。ひとつは、現代の姉と弟の失踪事件。もうひとつは、三十年前、火事で孤児となった少年の話である。聖ルチア祭の日、両親を驚かせようと思って、早朝、お菓子と飲み物、それと火の点いた蝋燭を用意した少年だが、蝋燭の火が原因で、家が全焼。自身は助かるが、両親と妹が焼死してしまう。彼は、その後、家族を殺したという罪の意識に苛まれながら成長する。

現代のストーリーラインの語り手は、ストックホルム警察の「プロファイリング・グループ」で働くシリ・ベルイマンである。「プロファイリング」とは「犯行の手口等の心理学的に分析し、捜査班に犯人像に関する助言を与える」ということだという。

三十年前のストーリーラインは三人称で語られている。「少年」と言う言葉だけが用いられ、少年の名前は登場しない。と言うことは、現代のストーリーラインに登場する「誰か」がその少年であることを暗示している。かなり早い時点が、「少年」イコール「犯人」ということが分かる。そして、物語に登場する誰が、その「少年」の三十年後の姿であるかが、この物語の興味となる。

「私生活で悩める主人公」という、マンケルのヴァランダー以来の伝統は踏襲されている。シリは二つの私的な悩みを抱えている。それは、元夫のステファンと、親友で元同僚であるアイナの不倫が、夫の死後に明るみに出たこと。そのアイナと久しぶりに会い、彼女に、

「過去のことは水に流して、また一緒に働こう。」

と持ち掛けられている。元夫の不倫に怒るシリだが、自分も、同僚のジミーと寝てしまい、それが元で今の夫マルクスとの関係が悪くなり、ふたりはマリッジカウンセリングに通っている。ふたりが融和のために話をしようとしたとき、何時も緊急の事態が起こって、シリは上司のカリンに呼び出される。このパターン、これほど何度も使われると、不自然な感じがする。

 この物語の提起する問題は、「家庭で虐待された子供たちの置かれる立場」ということであろうか。警察、ソーシャルサービス、そして裁判所が子供たちの処置を決定する、具体的には里親を見つけ、そこに住まわせることを決めるのだが、その制度の運用が、年々難しくなりつつあるようだ。里親の下で、更に虐待される子供も多い。また、里親の高齢化も進んでいる。

 「家族」とは何かということもテーマとなっている。ノヴァ・リーとリアム、そしてカイサを誘拐した人物は、三人が「家族」を演じている写真を撮り、インターネットのフォーラムに投稿している。その人物が、執拗に「家族」を追い求めていることが分かってくる。もうひとつは、シリと彼女の新しい夫、マルクスとの関係である。ふたりは、すれ違い生活を続け、互いに他の異性と関係を持ち、ふたりの関係は破綻の直前で会った。しかし、「家族」とは何かと言うことを考えていくうちに、ふたりの関係は徐々に修復されていく。

 最近、警察で働いてはいるが、警官ではなく犯罪心理学者を主人公にするシリーズが多く見られる。この「シリ・ベルイマン」シリーズの他に、ミカエル・ヒョルト/ハンス・ローゼンフェルドの「セバスティアン・ベルイマン」シリーズ、クリスティナ・オールソンの「フレデリカ・ベルイマン」シリーズである。

「どうして、犯罪心理学者は皆『ベルイマン』という名前なんだろう。」

と考え込んでしまう。

著者のカミラ・グレーベとオーサ・トレフは実の姉妹である。ふたりの名前で、サイコセラピスト(心理療法士)、シリ・ベルイマンシリーズが、二〇一九年時点で、六作発表されている。今回私が読んだ作品は、二〇一五年に出版された、現時点でのシリーズ最新作である。妹のカミラ・グレーベは二〇一五年に、初めて単独で小説を発表、二〇一七年にスウェーデン・推理作家アカデミー賞を受賞している。彼女は経済学を学んだあと、オーディオブックの会社を創立しており、作家としてのキャリアは、妹の方に分がある。姉の、オーサ・トレフはサイコセラピスト(心理療法士)であり、ストックホルムで、診療所を持っている。その意味では、彼等の描く、シリ・ベルイマンの境遇に近いと言える。おそらく、心理学的なアイデアが姉、執筆が妹という分担になっていると想像する。

 最近、スウェーデンの犯罪小説界では、女性作家の進出が著しい、ふたりも、その新進女性作家群に属する。年齢を考えれば、まだまだ、これからの作品も期待できるふたりである。

 

20199月)

 

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