「不道徳な賭け」

原題:Ein unmoralisches Sonderangebote(不道徳な大安売り)

ケルスティン・ギア

Kerstin Gier

2004

 

<はじめに>

 

このタイトルはパロディーである。「Ein ummoralisches Angebot(不道徳な申し出)」というエロチックな映画があり、この本では「Angebot申し出」を「大安売り」を表す「Sonderangebot」に変えている。いわゆる「ロマンティック・コメディー」、「ラブ・コメディー」という分野の本であり、気軽に読め、笑わせ、ホロッとさせる小説。たまには肩の張らない読書もよい。

 

 

<ストーリー>

 

引退した実業家であるフリッツ・ゲルトナーは、三人の友人たちと酒を飲んでいる。三人とも、それぞれの道で成功を収めた人物である。彼らは、自分たちの子供たちが、親の望む通りに生きてくれないことを嘆いている。フリッツは、自分の息子たちは、金のためには何でもすると言い、他の三人はそんなことはないと言う。フリッツは、自分の言ったことを正しいと証明するために、他の三人を相手に賭けをすることにする。その賭けには、自分の思うように生きてくれないふたりの息子を、自分の望む道に引き戻そうという意図も込められていた。

 

フリッツの三人の子供たちと、その配偶者たちは、毎週日曜日の朝食に、フリッツの家に集まることになっていた。その日も、フリッツの家には、フリッツの息子、シュテファンと妻のオリヴィア、もうひとりの息子であるオリヴァーと妻のエヴェリン、娘のカティンカと夫のエヴァハルト、そして彼らの三人の子供たちが集まっていた。朝食の途中、フリッツはいつものように、四十歳に近づいているふたりの息子が、ふたりとも借金漬けで、まだ子供さえ作らないことに文句を言い始める。しかし、その日は少し違っていた。フリッツは食事の後、自分の息子たちだけを書斎に呼び、何かを話す。

朝食からの帰り道、オリヴィアは動揺の隠せない夫のシュテファンに、義父が何を話したかを尋ねる。しかし、シュテファンは明確に答えない。彼らは、数年前に、多額の借金をして園芸用の農場、土地と温室、家を買い、花や植木を販売する商売を始めていた。庭弄りの好きなオリヴィアにとって、園芸業は、永年の夢であった。大学で経済学を専攻したシュテファンであるが、今はその園芸業の経理を担当していた。彼らの農場では、店番を担当するやたら若作りの女性ペトラと、定年退職後、再就職の男性、カブルカが働いていた。

フリッツより息子たちに「秘密の話」のあった翌日、エヴェリンがオリヴィアを訪れる。エヴェリンは、夫のオリヴァーから、フリッツの話の内容を聞いていた。それは、息子たちが半年間妻を交換したら、半年後にふたりに百万ユーロの現金を渡すというものだった。エヴェリンもオリヴィアも、その金額の魅力に負け、夫を説得し、その話に乗ることにする。オリヴァーとエヴェリンも、街中にペントハウスを購入したり、高価な車を買うという贅沢なライフスタイルのため、どうしようもないほどの借金を抱え込んでいたのだ。

次の日曜日の朝食の後、二組の夫婦は、父親の申し出を受け入れることを告げる。フリッツは四人に、条件を示す。それは、オリヴィアがオリヴァーのペントハウスで暮らし、エヴェリンがシュテファンの農場で暮らす。そして、毎日六時半以降、本来の夫婦は互いに会ったり、電話をしたり、一切のコンタクトを取ってはいけないというものであった。そして、誰かがこの条件を破ると、この賭けはおじゃんになり、四人とも賞金の権利を失うというものであった。

翌日の夕方、オリヴァーとエヴェリンが車にエヴェリンの荷物を積んで、シュテファンとオリヴィアの農場にやってくる。オリヴァーはオリヴィアを自分のペントハウスに連れ帰り、ふたりは一緒に夕食を取る。オリヴィアはオリヴァーの料理が美味しいことに驚く。テレビ局に勤めるオリヴァーは、自分が「ガーデニング番組」を企画しようとしていることをオリヴィアに告げる。オリヴィアは売り上げの不振のため、倒産直前に追い込まれている自分の農場の宣伝になると考え、その企画に協力することにする。

ある日、オリヴィアはエヴェリンが農場の温室で、何か植物を植えているのを見つける。それは大麻であった。ぜいたくなライフスタイルのため金に窮しているエヴェリンは、大麻で一儲けを企んでいた。そして、以外にもその大麻はスクスクと育っていく。また、エヴェリンは、使用人のカブルカを使って、シュテファンとオリヴィアの「工事現場からそのまま廃墟になったような」家の改装を始める。数週間で、家は見違えるようにきれいになる。

オリヴィアは、シュテファンが、新しい職を探していることを知る。オリヴィアは自分は園芸業をやめるつもりはないと主張し、ふたりは言い争う。その夜、寂しくなったオリヴィアは、電話ボックスから自分の家に電話をする。シュテファンは家にいない。オリヴィアは彼の事務所に電話を入れるが彼は電話に出ない。

翌日、オリヴァーとオリヴィアはテレビ局に、編成局長を訪れる。オリヴァーの企画する「ガーデニング」の番組の、承認を得るためである。しかし、局長は他の番組の収録に立ち会っていて不在。ふたりは仕方なく、その番組の収録現場に向かう。そこでは、対談番組の収録が行われていた。ゲストの女性の到着が遅れ、リハーサルができない。結局、オリヴィアがそのゲストに代わって司会者の質問に答えることにより、リハーサルをすることになる。オリヴィアは司会者の質問に即興で答えていく。その軽妙な会話を編成局長が聞いていた。彼は、オリヴィアがレポーターとして出演することを条件に、「ガーデニング番組」を承認する。

喜んだふたりが農場に戻ると、そこでもエヴェリンを囲んで「お祝い」が行われていた。最初の大麻の収穫が終ったという。麻薬を使って金を儲けることに賛成できないオリヴィアはその席を離れシュテファンの事務所に行く。彼女はソファの上に、従業員のペトラの付けていたピンが落ちているのに気付く。机の引き出しには、コンドームが入っていた。オリヴィアはシュテファンがペトラと浮気をしていたことを知る。ショックを受けたオリヴィアは、お祝いのためにあったウォッカをがぶ飲みし、友人のエリザベトに迎えに来てくれるように頼む。酔っ払ったオリヴィアをエリザベトはオリヴァーの家に送る。オリヴァーがショックを受けているオリヴィアを慰めているうちに、ふたりは肉体関係を持ってしまう。

 

<感想など>

 

一九九三年、ハリウッドで製作された「不道徳な申し出」、(Indecent ProposalEin unmoralisches Angebot)という映画がある。この本は、タイトルも内容も、この映画の「本歌取り」である。と言うか、要するにパロディーなのである。「Ein unmoralisches Sonderangebote」というタイトルであるが、「Angebot申し出」に「特別」を表す「Sonder」が付くと、「大安売り、特売、投げ売り」という意味になる。また「不道徳な申し出」の映画では、金に困った建築家の夫妻が一攫千金を狙ってラスベガスを訪れるが、そこで億万長者の男から、妻と一晩過ごすことを条件に大金を支払うという「申し出」を受けるとというストーリーである。この本も、兄弟が「妻を半年間交換する」をすることにより大金を得ようとするストーリーである。

物語は、プロローグを除いて、オリヴィアの語りである。彼女は、夫が自分を選んでくれたことを感謝し、夫も自分と同じ道を歩もうとしていると信じている。義父からの提案も、金のために嫌々受け入れ。しかし、環境が変わることにより、自分が本当にしたいことは何か、自分のことを本当に思ってくれているのは誰が分かってくるというストーリーである。実際、強制的に「環境を変える」ということは、自分を見つめ直す上で、大切なことだと思う。私事になるが、私も、昨年にそれまで勤めていた会社をやめて、自分を全く違う環境に追い込んでみた。その結果、色々なことが分かった。中にはショッキングな、自分では直視したくない部分もあった。しかし、日常生活に埋没していると本当に自分の気持ちや、他人の気持ちや、何が自分にとって大切なのかが分からないことがある。日常生活を一度断ち切ったところで、気付くことも多い。そういう意味では、自分の体験に照らし合わせても、この物語のストーリーには共感が持てるし、現実味のあるストーリーであると思う。

しかし、余り、この物語に対して難しいことを言うのはやめておこう。これは英語でいう「ロマンティック・コメディー」、日本語では「ラブコメ」なのである。素直に読んで、笑って泣けばよいのである。作者も慣れたもので、各ページに一か所は笑いを取る箇所が必ずある。笑い声の入った、コメディーのドラマを見ているよう。「軽い」、「気軽に読めて面白い」という意味では出色である。

一番心に残る部分は、オリヴィアの農園にカブルカという名の定年退職者が手伝いに来ている。かれは少し言葉をどもる癖がある。エヴェリンが、彼の名前を「カカブルカ」と間違って覚えてしまう。ドイツ語で「カカ」とは「ウンチ」のことである。

ケルスティン・ギアは一九六六年生まれ。三十歳のときに書いたMänner und andere Katastrophenがベストセラーとなった。これまでの出版が百万部を超えるベストセラー作家である。なるほど、ベストセラーになるだけの才能はある。

 

201412月)

 

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