深夜のパリ、夜明けのパリ

 

夜明けのノートルダム寺院。

 

もう十年以上前、僕は前の会社のパリ支店でコンピューターシステムの導入の仕事をしていた。毎日、十時、十一時まで仕事。ある夜、もう夜の九時半頃だったろうか、支店長のIさんが顔を出して僕に聞いた。

「モトさん、パリ観光しましたか。」

「いいえ、そんな暇なくて。」

「じゃあ、これからちょっと行こうか。」

「??」

僕はそれからIさんの車に乗せてもらい、深夜のパリ観光に出かけた。

「ここがエッフェル塔、これが凱旋門。」

Iさんは順番にパリの名所を車で通り過ぎてくれた。どの建物もライトアップされて、綺麗だったことを覚えている。今回は、昼間のパリを見られるのである。感激。アーロンが横で、

「ヴェルサイユも良いよ。」

と言っている。これで決まり。土曜日はパリ、日曜日はヴェルサイユ。

土曜日の朝、七時前には食事をして、七時半にはホテルの前からシャルル・ド・ゴール空港行きのシャトルバスに乗る。空港からパリ行きの電車が出ているのである。辺りはまだ真っ暗。空港で「パリ一日乗り放題切符」を十九ユーロで買い求め、八時発の「RER」という電車に乗る。ちなみにRERとは「Réseau express régional」(地域急行鉄道網)という意味である。

パリに近付くと次第に夜が明けてくる。有名な「スタッド・ドゥ・フランス」競技場が見えてくる。この競技場は一九八八年のサッカー・ワールドカップのために作られたもの。その時はジダン選手などの活躍で地元フランスが優勝している。その決勝戦が行われた場所、八万人が収容できるという。

競技場を過ぎると、電車は地下に入る。「ギャール・ド・ノール」(北駅)を過ぎ、「サン・ミッシェル」と言う駅で降りる。地図によるとそこはノートルダム寺院の前。駅の階段を登ると、果たしてそこには朝日を背にノートルダム寺院の白いファッサードがあった。

オドレイ・トトゥ主演の「アメリ」というフランス映画がある。フランス映画史上で最大のヒット作だそうである。僕も大好きな映画、悪戯好きのお姉さんが主人公のコメディーである。アメリの母親は、まさにこの寺院の前のこの場所で、跳び下りてきた自殺志願者の下敷きになって死んでしまう。そのシーンを思い出す。

 僕は三十五年前の自分を重ね合わせていた。大学二年のとき、僕はバックパッカーとしてヨーロッパを回った。成田からの飛行機が最初に着いた場所がパリのオルリー空港だった。バスに乗り、今日のように早朝にパリの街の中に着いた。バスを降りて吸い込んだ、不安と期待に満ちた朝の空気の味を、僕は思い出していた。

 

後ろから見たノートルダム寺院の建物。今日は良い天気になりそう。

 

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