「子供」

Das Kind

2008

 

<はじめに>

 

二〇〇八年に発表された、フィツェックの「サイコスリラー」の三冊目である。例によって、オカルト的な事件が起き、それに最後は科学的、医学的な説明がつくというパターン。今回は「人間の生まれ変わり」テーマとなっている。

 

<ストーリー>

 

弁護士のロベルト・シュテルンは工業団地の中の人気のない場所に呼ばれる。そこで待っていた「依頼人」は、十歳の少年、ジモン・ザックスと看護婦のカリナであった。ジモンは体調が悪そう、カリナによると、脳腫瘍の治療を受けているという。ジモンは、数日前の十歳の誕生日に、ティーフェンゼーという精神分析医により過去の記憶を蘇らせるという治療を受けた。その際、ジモンは、自分が「前世」で連続殺人犯であったことを思い出したという。そして、その弁護をロベルトに依頼したいという。

「前世」、「生まれ変わり」などを信じていないロベルトに、ジモンは工業団地の一角の使われていない建物の地下室に「前世の自分が殺した男の死体がある」と主張する。彼は、十五年前、斧でその男の頭を叩き割ったという。ロベルトがその地下室に入ると、果たしてそこには頭を割られた骸骨が横たわっていた。気を失ったジモンは病院に戻され、ロベルトが警察の事情調査を受ける。担当はエングラー警視である。警察はもちろん、「前世」、「生まれ変わり」などということは信じない。十歳の子供が事件に関係することなど不可能だと考える警察は、ロベルトに疑いの目が向ける。

ロベルトが家に戻ると、一枚のDVDが送られてきていた。それを再生すると、そこには十年前に、産まれて間もなく死んだロベルトの息子、フェッリクスが映し出された。ロベルトは十年前、当時の妻ゾフィーとの間に出来た息子を、生後二日目に突然死で亡くしていた。それがきっかけで、ゾフィーとロベルトの関係は上手くいかなくなり、彼らは離婚。ゾフィーは再婚して双子を設けたが、ロベルトはその後、独りで暮らしていた。DVDの語り手は、最後に「現在のフェリックス」の写真を見せる。それはひとりの少年が、十歳の誕生日のパーティーをしている写真であった。DVDの語り手は、その少年がフェリックスの「生まれ変わり」であるという。声の主は、

「息子に会いたければ、ジモンが暴いている過去の殺人が、本当は誰によってなされたのかを見つけろ。」

と指示する。また警察には言わないこと、五日間だけの猶予が与えられることが告げられ、DVDは終る。

ロベルトはジモンに会いに病院へ行く。ジモンは、自分が医師から受けた、「過去の記憶を蘇らせる」治療について話す。ジモンは、「自分」が犯した殺人は一件だけではなく、他に何件もあること言う。ロベルトは新たな殺人の「記憶」をジモンから聞き出す。そしてその現場に向かう。そこは倉庫であった。誰かが十年間料金前払いで倉庫を借りていた。その倉庫の中にある冷蔵庫を開けると、そこには死体が入っていた。

倉庫でロベルトは、かつて自分が弁護したアンディ・ボルヒェルトと出会う。ロベルトに恩義を感じているボルヒェルトはロベルトの調査に協力することになる。冷蔵庫の中の死体の手には紙が握られていた。そこに描かれた絵柄は、ロベルトがジモンの病室で見たものと酷似していた。ジモンはそれを「墓場」の絵であると言う。そして、その墓には「頭」が埋められていると言う。ロベルトからの通報を受けた警察がその墓を掘り返すと、そこには幼児の頭部が埋められていた。警察はロベルトを、殺人事件の容疑者として指名手配をする。

ロベルトは、ジモンに「過去の記憶を蘇らせる」治療を施した、ティーフェンゼー医師の診療所を訪れる。診療所の玄関には鍵が掛かっていなかった。診察室のドアを壊して中に入ったロベルトは、首を吊っている死亡している医師を発見する。その横にあるコンピューターから声が聞こえて来る。コンピューターにはカメラとマイクロフォンが付いており、何者かがそれを通じてロベルトの様子を見て、話しかけているのだった。その声は紛れもなく、DVDの声の主だった。

そのとき、エングラー警視が診療所の建物に入って来る。声の主はロベルトに警部を殴り倒せという。しかし、そうするまでもなく、警視は何者かに電気ショックを与えられ気絶する。ロベルトは逃げていく男を見る。長髪で白衣を着ていた。声の主は同じ家の中にいたのだ。ロベルトはその男を追いかけるが、男は雑踏の中に消える。

警察の捜査の結果、死体で発見されたふたりの男は、十五年前と、十二年前から行方不明になっている、前科者であった。彼らは、殺人、強姦、誘拐、暴行、売春などの、数々の犯罪に手を染めていた。また幼児の頭は、死体で見つかった男により誘拐され、胴体だけが発見された少年のものであることが分かった。

ロベルトは、動物園の夜行性動物のセクションで、ジモンと、彼を病院から連れ出したカリナに会う。ロベルトの奇妙な行動に疑いを持ち始めたカリナに、ロベルトはDVDのこと等、全てを説明する。ジモンは、前世でふたりを「悪い人間あるので」殺したと言い、まだ自分は一人殺さなければならない人物がいて、その人物を明後日橋の上で殺すことになっていると告げる。

ロベルトとカリナはボルヒェルトの知り合いの経営するディスコに隠れる。そこでロベルトの携帯に電話がかかる。DVDの声の男であった。彼は、ジモンと話したいという。彼はジモンに、前世の男は誰かを尋ねるが、ジモンはその名前は知らないという。男は、ロベルトの元妻の双子の娘の写真を送りつける。かつての妻の娘までが、危機に晒されているのを知り、ロベルトは衝撃を受ける。男は、「明後日、ジモンによって殺されるのは自分だ」と謎めいた言葉を残し、電話を切る。

ロベルトはかつての妻のゾフィーに隠れ家の提供を頼む。ジモン、ボルヒェルト、カリナはゾフィーのアパートにやって来る。ジモンはそこで、ゾフィーの双子の娘の写真を見て、その娘のために、自分は明後日に男を殺すことになると言う。

幼児の人身売買が関わっているということで、翌朝、ロベルトとボルヒェルトは調査を開始する。彼らは一軒のスーパーマーケットで奇妙な「子供用ベッド」の広告を見つける。ボルヒェルトはそれが「子供を求める」という広告であること主張する。ロベルトはそこに書いてあった電話番号に電話を掛ける。落ち着いた声をした中年の女性が電話口に出る。午後四時に、ある喫茶店に来るようその女性は言う。

ロベルトはボルヒェルトが、どうして小児の人身売買について詳しいのかと問いただす。ボルヒェルトはロベルトを、キャンピングカーで生活するひとりの男の元に連れて行く。そして、彼が情報源であると告げる。ボルヒェルトは男の車の中で、少女が虐待されているポラロイドカメラで撮った写真を見つけ、その男を殴りつける。止めに入ったロベルトに、ボルヒェルトは、その男が自分の義理の弟であるという。

ロベルトは改装中の喫茶店で中年の女性と会う。彼は十歳の少年を「売る」予定があると彼女に言う。女性はロベルトを裸にして調べた後、その少年を連れてくるように言う。ロベルトは外で待っていたジモンをその女性に会わせる。女性はロベルトとジモンを自分の車に乗せてどこかに向かう。ボルヒェルトはその車の後をつけるが、途中で自分の車が故障して見失ってしまう。

ふたりが連れて行かれたとこは、豪華な別荘であった。そこには彼女の夫がいた。彼はジモンを見て、

「この子は病気であるので、取引はできない。」

と告げる。そこに男の携帯が鳴る。男は、誰かから、ロベルトが誘拐犯として指名手配中の弁護士であることを知る。女がロベルトにピストルを突きつけ、男はジモンを二階へ連れ去る。

ロベルトはボルヒェルトの助けを待つが、彼は現れない。ロベルトは女の隙を見て、電灯のスイッチを切り、真っ暗になったところでピストルを取り上げようとする。しかし、スイッチは別の電灯のものであった。女は発砲する。しかし、ピストルに入っていたのは実弾ではなく催涙弾であった。ロベルトは催涙弾にひるんだ女を倒し、男に乱暴されようしていたジモンを助け出す。ロベルトは男を脅し、誰が依頼人であるかを尋ねる。男は依頼人の名前は知らない、橋の上で売っている携帯電話に一度だけしか使えない電話番号が入っており、それを使ってしか依頼人に連絡できないと言う。

ロベルトはジモンを病院に送り届ける。彼はエングラー警視に電話をして、人身売買に携わっていた夫婦を逮捕するように言う。また、情報を提供する代わりに、前妻の双子の娘を警察の保護の下に置くように依頼する。ロベルトはエングラーに二人きりで会いたいと言う。エングラーはロベルトに指定された場所に来る。しかし、オートバイに乗った男が現れ、エングラーに向かって発砲する。男はロベルトにも銃口を向けるが、エングラーが阻止する。ロベルトは血まみれになって倒れているエングラーを置いて、その場を離れる。

ロベルトは父親のゲオルクに助けを求める。ゲオルクはキャンピングカーをロベルトに貸す。ロベルトは、カリナを病院に帰し、キャンピングカーの中で、「取引」の行われる朝六時を待つ。朝六時、橋の上に何者かが四駆で現れる。その車の中で、ロベルトはDVDを見つける。そのDVDをロベルトは車のプレーヤーに差し込む。前回のDVDと同じ「声」が聞こえ、病院で、赤ん坊が取り替えられている画像が映し出される。「声」は、ロベルトの息子、フェリックスが生後間もなく病院で他の心臓に欠陥があってすぐに死ぬことが分かっている赤ん坊とすり返られたことを継げる。

「息子と会わせてくれ。」

というロベルトに対して、「声」は、

「別の箱の中に入っている布を顔に当てれば息子の居場所を教えてやる。」

と言って電話を切る。ロベルトはそうする。布には麻酔薬がしみこんでいてロベルトは気を失う。

病院に戻ったカリナは、ジモンがいないことに気付く。当直の看護婦に聞くと、他の病院への転院命令が来て、連れ去られたという。本能的におかしいものを感じたカリナは看護士のピカソを探す。彼は、コンピューターの前で倒れていた。彼の横には、コンピューターから印刷された紙が落ちていた。それは、集中治療室を利用した患者の名簿であった。その中の、ふたりの名前に印が付けられていた。その名前を見た、カリナは驚く。

ロベルトは目を覚ます。横に「声」の持ち主がいた。それは、実に意外な人物であった。

 

<感想など>

 

何故、ジモンは過去に行われた(自分の生まれる前に)殺人事件の詳細を知っているのか。ジモンは本当に誰かの生まれ変わりなのか。だとしたら、誰の生まれ変わりなのか。フィツェックはオカルトの作家ではなく、サイコスリラー、一応、心理学、精神分析学等の「科学」の到達しうる範囲で、ストーリーを展開することは分かっている。少なくとも、彼の本をこれまで読んだ人なら。普通ではあり得ない一見超自然的な現象に、どんな説明がつくのか、それがこの小説の(フィツェックの小説の)興味となる。

「声」の主が、ジモンに電話をする。ジモンは、声の主に名前を聞く。名前がないという返事に対して、ジモンは名前のない者はいないと言う。

「世の中には名前のない者もいる。例えば『神』には名前がない。」

とその男は答える。しかし、その時点で、男は十年前の出来事、ロベルトやジモンの個人的な情報、それらを全て知っている。また、人間の死、再生についても知っているような口ぶり。つまり、その男は「神」を演じていると言える。

この本を私は「オーディオブック」で聴いたわけであるが、ドイツ語で語っていたのはジモン・イェーガーという俳優である。この人は、登場人物の演じ分けが非常に上手い。森繁久弥が、「日曜名作座」で、何人もの登場人物を演じ分けていたが、それを思い出した。この物語では「声」が非常に重要な役割を演じる。DVDの男の声は「金属的な」、「機械で処理されたような」声であるという。また、エングラーは風邪を引いているし、カリナは女性、ジモンは子供、実に色々な声の持ち主が登場する。それを上手く演じ分けている。そして、それを上手く演じ分けないと、この物語のトリックそのものが成り立たないということを、ヒントとして挙げておく。

確かに、トリックは意表をついており面白い。ちょっとやそっとでは予想できない。

この作品、二〇一二年に映画化されている。しかし、映画の批評を読んでみると、余りにもひどい。一度本を読んだ人は失望するから映画は見ない方がよいと、多くの人が書いている。非常に面白い素材だけに、残念な気がする。

 

20147月)

 

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