「黒い嘘と赤い血」

原題Svarta lögner, rött blod

ドイツ語題:Schwarze Lügen, rotes Blut

2008

 

シェル・エリクソン

Kjell Erikson

 

<はじめに>

 

スウェーデンで、その年のミステリーのナンバーワンを決める、「スウェーデン犯罪小説アカデミー賞」を二〇〇二年に受賞しているエリクソン。その賞を取った作家は全部読むという一環で読んだ。小都市ウプサラを舞台にしている。リアリティーをとことん追求した、ちょっと地味な作風である。

 

<ストーリー>

 

ウプサラ警察の刑事、アン・リンデルは、新しい恋人アンデルス・ブラントとのセックスを楽しんでいた。アンデルスは自称フリーのジャーナリスト、アンのアパートに住み始めていた。アンには四歳になるエリックという息子がいた。息子もアンデルスになついていた。ある朝、アンデルスは、

「一週間か二週間留守にする。」

と言って、アパートを出て行く。

警視オーラ・ハヴァーは、その日の早朝、道路脇で死体が発見されたという連絡を受け、現場に駆けつける。そこにはホームレスと思われる粗末な身なりの中年男が、後頭部を殴られて倒れていた。ハヴァーの同僚である、アラン・フレドリクソンと鑑識班のメンバーも現場に到着する。殺された男の身元を示す物はなにもなく、ポケットから、数字の書いた紙片が見つかっただけであった。死体の発見された場所のすぐ横に、工事現場用の簡易宿舎車輛が停まっていて、殺された男はそこに住んでいたと想像された。警察の鑑識は、その車輛の捜査も始める。

ウプサラ警察署長のオットーソンは、捜査班のメンバーを招集する。ハヴァー、フレドリクソンの他に、アン・リンデル、サミー・ニルソン、ベアトリス・アンダーソンが捜査に参加することになる。アンはまだ、昨夜のブラントとのセックスの余韻に酔っていた。オットーソンは、死体の発見された場所が犯行現場であること、殺された男が近くの工事用車輛に寝泊まりしていたことをメンバーに伝える。アンは、アンデルスと連絡を取るために会議を抜け出す。しかし、アンデルスは電話に出ない。オットーソンは、殺された男のポケットから見つかった紙片に書かれた数字が電話番号であることを発見する。そして、その番号が、アンデルス・ブラントというジャーナリストのものであることも。それを聞いて、アンは衝撃を受ける。動揺するアンに気づいたオットーソンが、その男を知っているのかと尋ねる。アンは会ったことはあるが、詳しくは知らないといってごまかす。

アンはそれまで、少女の失踪事件を追っていた。クララ・ロヴィーザ・ボリンダーという少女が、二〇〇七年四月、十六歳の誕生日に両親の家を出た後、行方不明になっていた。

ホーラとベアトリスはホームレスの救済施設を訪れる。施設の責任者であるカミラ・オロフソンが、殺された男の身元を確認する。殺されたのはボッセ・グレンスベリというホームレスの男であり、施設に何度か世話になったことがあるという。彼はかつて建築技師として働いていて、グニラ・ラングという女性と幸せな結婚生活を送っていた。しかし、仕事中に感電して足場から落ちて重傷を負い、それが原因で職を失う。酒浸りになったボッセは妻とは離婚。今は街のホームレスのひとりとして暮らし、何度も施設の世話になっていたという。

ホーラとベアトリスは、殺されたボッセが生前に付き合いのあった人物のカミラから受け取る。主にホームレス仲間であった。そこには、五人の男性と一人の女性の名前があった。ホーラとベアトリスはその中の唯一の女性、インゲゲルト・メランダーを彼女の粗末なアパートに訪れる。インゲゲルトは、ボッセの死を知って涙を流す。そこへ、ジョニー・アンダーソンという男が訪れて来る。彼もカミラのリストに載っている。インゲゲルトとジョニーの話から、ベアトリスは、ボッセが近々何か大きな金儲けの話があると言っていたことを知る。

アンはアンデルスに連絡を取ろうとするが彼は電話に出ない。アンは、インターネットでアンデルスについて調べる。社会問題のジャーナリストということで、バイオエネルギー等に関する記事を雑誌に投稿していた。また、ロシアのプーチン大統領についての記事もあった。

ユングヴェ・サンドマンという男が警察署にアンを訪れる。彼は、クララ・ロヴィーザによく似た少女を見たという連絡を警察にしたが、警察が全然反応を示さなかった。それで、やって来たという。警察のまずい対応を詫びながら、アンはサンドマンの証言を聴く。彼は、クララが両親の家を出て行方不明になったその日の昼頃、彼女が二十歳過ぎの若い男と、森の近くを歩いているのを見たと言う。

アンはアンドレアス・ダヴィッドソンというクララ・ロヴィーザの同級生を訪れる。モヒカン刈のアンドレアスは、ボーフレンドであったという。しかし、彼は、クララ・ロヴィーザに最近別の男が出来て、自分には冷たくなっていたと話す。そして、その新しい男は年上で、車を運転していたという。アンドレアス自身は、クララ・ロヴィーザが行方不明になった日は、前日から母親と一緒に別の町の祖母の家に泊まっていたと話し、母親もその通りだと言う。しかし、アンが祖母と伯母に聞き取りをしたところ、それは嘘で、アンドレアスは当日ひとりで家にいたことが分かる。

殺されたボッセが寝泊りしていた車輛を調べた鑑識が、ボッセ自身のものでない指紋を発見する。また、その前日、車輛の近くに、白い車が傍に停まっているのを見たという目撃者も現れる。警察は、ボッセが電話番号を持っていたアンデルス・ブラントに連絡を取ろうとするが、彼はストックホルムの空港からスペイン行の飛行機に乗り旅立っていた。サミーは、アンデルスのアパートを訪れる。そして、ボッセの居場所で発見された指紋がアンデルスのものであること、また、彼が白いトヨタに乗っていることを発見する。彼は、アンデルスのアパートの捜査令状を取ろうとしたが、裁判所に拒否され、アパートの大家に頼んで入れてもらう。そこで彼は、記事を書くための膨大な資料の中に、ポルトガル語で書かれたものを発見する。

ベアトリスは、ボッセの友人であった、ゲラン・ベルイマンを訪れる。ベルイマンは、昨年、ボッセを誘って、再び建築の会社を興そうと計画したと話す。ボッセはそのときには酒も止め、真剣にビジネスに戻ることを考えていたという。資本金として、ボッセは十五万クローネを用意すると言った。しかし、それはホームレスの男がとても用意できる金額ではない。ベアトリスは、その金をボッセがどのようにして工面しようとしていたのかが、事件の鍵であると考える。ベアトリスは、ボッセの家族関係を調べる。しかし、ボッセの両親は既に死亡しており、兄弟もいないことが分かる。また、ボッセとアンデルスは同い年であった。ふたりは学校等で、知り合いであったことも予想された。

アンは、元ボーイフレンドのアンドレアスの証言から、クララ・ロヴィーザが女子サッカーチームに入っていたことを知る。アンは、そのチームで一緒にプレーをしていた女友達に会って話を聞く。そのチームのコーチはホカン・マルムベリという男で、その助手として、フレデリック・ヨハンソンという若者がいたことを知る。そして、そのフレデリックが、クララ・ロヴィーザをエロチックな目で見ていたと、女友達は証言する。アンは、ホカン・マルムベリとフレデリックに電話を入れる。ホカンもフレデリックは電話に出ない。

サミーはアンデルスのアパートを再び訪れ、アンデルスが入っていたサッカーチームの写真を見る。そこには何とボッセが写っていた。ボッセとアンデルスは同じサッカーチームでプレーをしていたのだった。サミーは、ボッセの元妻グニラを訪れ、ボッセとアンデルスが属していたサッカーチームについて聞く。そして、そのチームのオーナーで、かつて一緒にプレーをしていた男に、写真に写っている選手達の名前を聞く。サミーは、そのひとりひとりを潰していく覚悟でいた。

インゲゲルト・メランダーが、アパートの階段から転落死しているのが、新聞配達の少年によって発見される。捜査の結果、またもやアンデルス・ブラントの指紋が、インゲゲルトの部屋からも見つかった。

アンデルスはブラジルにいた。彼は世界中のホームレスを取材していた。彼は自分の部屋の窓の外で、数人のブラジル人が酒を飲んで騒いでいるのを見る。そのとき一人の若い男が、窓から転落する。即死であった。アンデルスは、その男が後ろから突き落とされたのを見た。彼は殺人事件の目撃者となったのだ。しかし、彼は駆けつけた警察に、そのことを言わなかった。

アンデルスはコンサートでヴァネッサというブラジル人の女性に出会う。アンデルスは、不思議な魅力を持った彼女に夢中になる、しかし、アンデルスが彼女に金を渡そうとしたことから、ヴァネッサは、自分は売春婦ではないといい、去っていく。アンデルスはスウェーデンに戻る決意をする。殺人犯として被害者の弟が逮捕されたことを知り、アンデルスは、その男の無罪を証明するために警察に名乗りでる。しかし、その帰り道、暴漢に襲われて負傷する。

ヘンリエッタ・クムリンは夫のイェレミアスが電話をしているのを聞いていた。電話の相手はオーレグというというモスクワの近くに住むロシア人であった。イェレミアス・クムリンは、ロシアと石油と天然ガスの貿易をしていた。彼は何度かロシアを訪れ、翌日からもロシアを訪れることになっていた。そのクムリンの隣人の夫婦が道路に不審な男がいるのを発見する。その浮浪者のような男は、何時間も外に立っていた。妻はそのことを夫に伝える。しかし、夫は察には通報する必要はないと言う。翌朝、イェレミアスの死体が、自宅の車庫の横で見つかる。イェレミアスもかつて、ボッセとアンデルスと同じサッカーチームでプレーしていた仲であった。

アナはクララ・ロヴィーザの属していたサッカーのコーチ補佐だったフレデリク・ヨハンソンを見つけ、話を聞く。フレデリクはクララ・ロヴィーザのことが好きであったことは認めるが、彼女が行方不明になった日、会ったことは否定する。しかし、サンドマンが森の前で目撃した若い男の人相、服装がフレデリクのものとぴったり一致した。また、彼は目撃された後、車が故障したと修理工場に電話をし、車を森の前までレッカーに引き取りに来させていた。フレデリクは、自分がその日車で、クララ・ロヴィーザを連れ出したことを認める。フレデリク・ヨハンソンとクララ・ロヴィーザは車が故障したため、森の中の小屋まで歩いて行った。そこは、フレデリクが昔、母親とキノコ採り来て見つけた場所だという。そこで、フレデリクは、彼女に関係を迫ったところ逃げ出したという。フレデリクは自分がクララ・ロヴィーザの行方不明とは関係ないと主張する。

フレデリクがクララ・ロヴィーザに関係を迫った小屋の周辺の捜査が行われる。その結果、警察犬によって、地中に埋められたクララ・ロヴィーザの死体が発見される。フレデリックは容疑者として逮捕される。

アンは、元サッカーコーチ、ホカン・マルムベリに会う。フレデリック・ヨハンソンが犯人であると思うかという問いに対して、ホカンは、

「変わった奴だが、少女を殺して埋めるなんていう度胸はない。」

と答える。

死体は、森の中に埋められていた。その穴の掘り方、指紋や証拠を残さない配慮から、犯行は極めて落ち着いて行われたものであり、プロによる計画的なもののように思われた。アンは。フレデリクが犯人であることに疑問を持ち始める・・・

 

<感想など>

 

シェル・エリクソンに関する情報は何故か極端に少ない。ウィキペディアで調べても数行である。しかし、ドイツ語、英語への翻訳はあるし、「スウェーデン犯罪小説賞」を受賞しているので、それなりに読まれ、人気を博した作家らしい。彼は一九五三年にウプサラで生まれ、毛沢東主義者であると同時に、何とガーデナー、庭師でもあったという。一九九九年より、ウプサラ警察に勤める女性刑事、アン・リンデルを主人公にする犯罪小説のシリーズを書き始め、二〇〇二年に発表された四作目「Prinsessan av Burundi(ブルンジのプリンセス)」でその年の「スウェーデン犯罪小説賞」を受賞している。

余りにも登場人物が多すぎる。しかも、スウェーデン人なので、ほとんど人物の名前が「〜ソン」で終わり似ている。(オットーソン、フレデリクソン、ヨハンソン、アンダーソン、ニールソン、オロフソン・・・)そして登場人物に個性がない。正直に言って、登場人物を覚え切れなかった。

警察の捜査班員や殺されたホームレスと少女を巡る人々が多数登場する。そもそも、現実では、そんなに魅力と個性に溢れた人間ばかりがいるわけではない。はっきり言って、名前も覚えられない、没個性に人間の間で私たちは暮らしており、それが「現実」なのだ。しかし、小説の中でそこまでリアリスティックにやられると、読んでいる方は面白くない。小説では多少誇張はあっても、個性のある人間を登場させてほしい。ここまで地味だとちょっと興が冷める。

スウェーデンの犯罪小説で、女性が主人公になっているシリーズは、圧倒的に女性作家によるものが多い。作家アンネ・ホルトの「ハンネ・ヴィルヘルムソン」シリーズ、クリスティナ・オールソンの「フレドリカ・ベルイマン」シリーズ、カミラ・レックバリの描く「エリカ・ファルク」、ヘレネ・トゥルステンの「レーネ・フス」シリーズ、その他、オーサ・ラーソン、リザ・マークルンドと枚挙に暇がない。男性の描く女性の主人公。確かにちょっと違う。アンが昨夜の恋人とのセックスを回顧する場面など、かなり直接的である。

しかし、謎解きの筋書きは面白い。小さな町ウプサラを舞台にしながら、スケールの大きさを感じさせ、閉塞感のないのはよい。

 

20171月)

 

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