「黒い水の畔で」

原題:Guds barmhärtighet(神の慈悲)

ドイツ語題:Am schwarzen Wasser(黒い水の畔で)

1999年)

 

ケルスティン・エクマン

Kerstin Ekman

 

 

<はじめに>

 

スウェーデン、ウプサラ出身のケルスティン・エクマンは一九三三年生まれ、今年で八十四歳。アガサ・クリスティーとまではいかないが、かなり古い世代に属する人である。彼女は一九九三年にスウェーデン・ミステリー大賞を受賞しており、それで名前を知った。推理小説のみならず、十九世紀から二十世紀に至る北スウェーデンの人々、風物を描く作品を書いている。数世代に渡る女性を主人公にした作品が多く、本篇もそのひとつである。

 

<ストーリー>

 

冬の夕方、六歳の「私」は村外れの橋の近くで、ひとりの男と出会う。その男は「私」の知らない言葉で私に話しかけてくる。しかし、その言葉に何故か聞き覚えがあった。男は「私」の名前を尋ねる。「私」は自分が商人の養女でクリスティンという名前であると言う。男は何かを話す。それは、自分は叔父であり、ラウラ・アヌトと呼ばれていると理解できた。男は私が聞いたことのある歌を唄った。彼はラップ人であった。家に帰った私は、養母のヒレヴィに、その男と会ったことは話さなかった。養母は、ラップ人は皆酔っ払いであると思っていた。

一九一六年の三月、ヒレヴィ・クラリンはエスタースンドのロムスイェの駅に降り立った。彼女は宿屋で迎えを待つことになった。宿屋の客はヒレヴィの他にもうひとり、酔っ払ったラップ人の男だけであった。彼女は近くの町で助産婦として働くためにやってきた。ヒレヴィの母親は彼女を産んだ後直ぐに亡くなり、彼女はウプサラに住む伯父と伯母に育てられた。伯母のユーゲニーは彼女が助産婦になることに反対したが、彼女は伯母を説得して学校に通い資格を取得した。二十五歳で初めて伯母の家を離れるとき、伯母は彼女に日記帳を贈った。人生にとって大切なことが起こったら書き留めろといわれたその日記帳は、まだ白紙のままだった。

ハルフォルセンという男が迎えにくることになっていたが、大雪のため交通が遮断され、翌日になっても、翌々日になってもハルフォルセンは現れなかった。ヒレヴィは自分の決心に疑問を感じ始めていた。三日目、宿屋の食堂で、男たちが酒を飲み踊っていた。その中に背の高い髪の長い男がいた。それがハルフォルセンであった。四日目の朝、ヒレヴィはハルフォルセンと一緒に橇でレベックへ向かって出発する。ヒレヴィはレベックに赴任するエドゥヴァルド・ノリンと婚約していた。彼女はエドゥヴァルドを追って、この地に来たのであった。最初の任地で完璧でありたいと望んでいるエドゥヴァルドは、彼女との関係を隠したいと思っているようだった。

赴任してから五ヵ月後、病院から往診に行く途中、ヒレヴィは若い女性の声に呼び止められる。それは髪が長く眼の大きな少女であった。ヒレヴィは呼び止められたときに、少女の目的が分かっていた。ヒレヴィは、

「あなたを助けることはできない。」

と言う。しかし、少女は、

「自分はベルタ・フォースのようになりたくない。」

と言ってヒレヴィの腕を掴んで離さない。ベルタ・フォースは、四十七歳で九人目の子供を産み、そのほか何人かは流産で失い、十五回目の分娩の後、出血が止まらず亡くなり死亡した。ヒレヴィは解剖学の実習を受けた。そのとき、数多くの若い女性の死体が、解剖用にプールされているのを知った。それらの女性たちは、多かれ少なかれ、ベルタ・フォースと同じような運命を歩んでいたのであった。解剖学などを勉強するヒレヴィに対して、伯母は嫁の貰い手がなくなるのではないかと心配していた。伯母の息子、ヒレヴィの甥のトビアスも医者であった。

途中の農家で一泊したヒレヴィ一行はレベックに到着する。レベックで、ヒレヴィは学校の建物に二階に部屋をあてがわれる。下の階には、ヒレヴィの大家であるメルタ・カールサが住んでいた。湿っぽい、隙間風の通る部屋で会った。彼女の到着を知って、エドゥヴァルドは怒りを露わにする。ヒレヴィがこの土地に来ることを、彼には内緒にしていた。村長のイサク・ホルソンがヒレヴィの荷物を持って現れる。彼は、前任の助産婦は誰も長続きしなかったと言う。エドゥヴァルドはレヴィが研修していた病院付きの牧師であった。そのとき二人は関係を持った。ヒレヴィは秋までには正式な妻としてエドゥヴァルドの住む牧師館に入れることを期待していた。しかし、不思議なことに牧師館には中年の女性が出入りしていた。大家のメルタはそれが「牧師夫人」であると言う。ヒレヴィは事実を確かめるために牧師館を訪れる。前任の牧師は脳卒中で倒れ寝たきりになっており、妻の介護を受けていた。そのためエドゥヴァルドはまだその家に入れないままだった。

「私」はヒレヴィの日記の中から新聞記事の切り抜きが挟んであるのを見つける。それは「私」の生まれる遥か前、一九一六年のものだった。戦場に掘られた壕の中で、男の赤ん坊が発見され、村人に保護されたというニュースであった。「私」はラジオから流れる音楽に聴き入る。それは伯父のアヌトが歌っていたメロディーであった。一八七六年、船で湖の上をレベックに向かっていた花嫁の一行が突然の嵐に遭い、全員が溺死をするという事故を歌ったものだった。一九〇三年に生まれたアヌトはもちろん事故を知らない。そして、「私」は一九二八年に叔父からその歌を聞かされていた。叔父は何故知らない光景についての歌を唄えたのであろうと、「私」は不思議に思う。「私」の父はスコットランドの貴族で、祖父は泥棒だったとヒレヴィは書いているが、それは確かではない。はっきり分かっているのは、叔父が上手な歌い手であったことだけだ。

ヒレヴィがレベックに着いて三週間が経った。彼女は半径八十キロの範囲を担当していたが、出産に立ち会うことはなかった。彼女の上司の医師は、高齢で太っており、動くことを嫌っていた。ヒレヴィは子供に対する巡回予防接種を思いつく。村長の許可をもらって、近くの村を回ったヒレヴィだが、予防接種に対する偏見が強く、受けに来る人は少ない。たまに来たと思ったら、金のないラップ人の家族であった。ヒレヴィは仕方なく、無料で予防接種を施す。

村に帰った彼女が店に入ると、姉妹と思われるふたりの女性が自分の方を見ながら話している。ひとりが立ち去った後、もうひとりが数日前から少女が痛みで苦しんでいると言う。ヒレヴィはスキーをはいて、ルッベンという湖畔にある粗末な家に向かう。そこではセリネという十四歳の少女が臨月を迎えて痛みで苦しんでいた。店で会った女性は少女の伯母で、少女を妊娠させたのは、彼女の父、ヴィルヘルム・エリクソンであるという。難産になるが、明け方になり、ようやくヒレヴィは女の赤ん坊を、少女の体内から引き出すことに成功する。

「私」は自分が産まれたときはどうだったか覚えていない。かつて、ラップ人の女性は、トナカイの放牧中に外で出産することが多かった。「私」の母親のインギア・カリもそうだったに違いない。もうそんなことはないと現在の人々は言う。

ヒレヴィの伯母は、

「ラップ人は私たちと同じようには感じない。」

とよく言った。ヒレヴィは「私たち」というのは誰を指すのかを考える。ヒレヴィは伯母のユーゲニーのことを思い出す。当時ヒレヴィは十四歳であった。伯母にはサラという娘とトビアスという息子がいたが、また妊娠していた。ある夜、伯母が苦しみ出す。子宮から出血が始まる。伯父はうろたえ、召使が慌てて医者を呼びに行く。ヒレヴィは伯母の傍にいる。女医のヴィオラ・リリエンストレームが到着し、伯母の手当てに当たる。ヒレヴィは医師の手伝いをする。伯母の痛みは治まり、伯母は眠りにつく。

出産に立ち会った後、ヒレヴィはスキーを履いてレベックに戻ろうとする。しかし、途中で、自分の手帳を置いてきたことに気付き、農家に戻ろうとする。天候が悪化し、地吹雪で視界が悪くなる。彼女はひとりの男が氷に穴を掘って何かを捨てているのを見つける。その男は農家の息子エリスで、生まれたばかりの赤ん坊を捨てようとしていた。ヒレヴィはぐったりしている赤ん坊を持ち上げる。しかし、地吹雪に巻かれて倒れる。一度その場を去ったエリスが戻り、ヒレヴィを村まで送り届ける。エリスはそのことを父親には黙っている。不審に思った父親は、エリスを殴り、口を割らせようとする。しかし、エリスは何も言わず家を出て行く。

ヒレヴィは、ルッベンでの、捨てられそうになった赤ん坊のことを黙っていた。彼女はエドゥヴァルドにそのことを手紙で伝えようとするが、思いとどまる。エドゥヴァルドから手紙が届く。彼は、

「今ウプサラで引越しの準備をしていて、そちらについても忙しく時間は取れないだろう。」

と書いていた。そして、結論を急いではいけないと、ヒレヴィを戒めていた。

ヒレヴィは縫物をしながら、伯母を救った助産婦、ヴィオラ・リリエンストレームのことを考えていた。ヴィオラらルッベンでの出来事の際どうしていたかと考えるが、賢明なヴィオラならこんな場所に来ていないことに気付く。ルッベンにいた少女が姿を消したという噂が流れる。ヒレヴィはルッベンでの出来事を警察に話そうとも考えるが、エドゥヴァルドのことを考えて思い留まる。

復活祭に合わせてエドゥヴァルドが到着し、ふたりは道で出会う。ヒレヴィは話しかけるが、エドゥヴァルドは人目を気にして避ける。そこへ牧師夫人が現れ、ふたりは牧師館に招待される。そこで、ヒレヴィはエドゥヴァルドにルッベンでの話をするが、彼はそれに興味を示さない。

五月になり、雪が融け、花が咲き始める。トナカイは子供を産む。人々はチーズ作りに忙しい。ヒレヴィはエドゥヴァルドの関係について、自分が主導権を握ろうと決心する。エドゥヴァルドは相変わらず、自分とヒレヴィとの関係が他人に知れることを極度に恐れていた。ヒレヴィは彼の説教する教会に出向いたり、ボートで待ち伏せたりするが、エドゥヴァルドは彼女を避ける。ヒレヴィは自分も乳しぼりやチーズ作りに挑戦する。

「私」は机の上に写真を並べる。当時、村を順に回っている写真師がいて、彼が撮った写真であった。その中には、人々がよそ行きの恰好で、家の前で写っていた。「私」は一九一六年に撮られた写真を手に取る。それはヒレヴィの「名前の日」の祝いに撮られた写真だった。メルタ、彼女の夫、牧師夫人、ラップ人、それにトロンド・ハルフォルセンが写っていた。川とその畔の家の写真もあった。その家には祖父のミケル・ラーソンが全てのトナカイを失い、貧しい暮らしを送っていた。エドゥヴァルド・ノリンの写真もあった。彼は、狩りの恰好をして、狩りの仲間と写っていた。そこはトスホーレと呼ばれる、スコットランド人の軍人アドミラル・ハーローが建てた狩りのための家だった。写真を見て「私」は伯父のアヌトと、彼の唄った歌を思い出す。写真に写っている人々は、皆鬼籍に入っていた。

夏も終わりに近づく。蚊が姿を消し、霜が降り始める。ヒレヴィは、雪の降る頃には、牧師夫人として牧師館に入れると考えていた。しかし、現在の牧師夫人が出て行く気配はなかった。ある日、ヒレヴィはエドゥヴァルドが、狩りの恰好をして、独りで出かけるのを見かける。メルタは彼がふたりの若い女性と一緒にトスホーレに行くのだと言った。トスホーレは、裕福な商人エッケンタルの所有になっており、若い二人の女性は、エッケンタルの娘とその友人であるという。ヒレヴィもトスホーレに向かう。トスホーレは、ペンションを経営するヴェルナが管理人をしていた。ヴェルナを知っているヒレヴィは、彼女を手伝う振りをして、台所から客間の様子を覗う。夕方になり、狩りに出かけた商人と友人たち、エドゥヴァルドと娘たちが帰って来る。ヒレヴィは台所にいて、彼らに会わないようにする。主人たちの夕食の後、ヴェルナや使用人、ハルフォルセンたちも台所で食事を始める。ヒレヴィは食堂にあった、商人の娘の「詩の本」を見つける。そこに、エドゥヴァルドも寄稿していた。彼の詩を読んで、ヒレヴィは愕然とする。

「自分の中にはふたりの人間がいる。」

という内容のエロチックな詩であった。ヒレヴィは外に出る、ハルフォルセンも彼女を追って外に出る。ヒレヴィが帰りたいと言うと、ハルフォルセンは夜が明けたら馬車で送っていくと言う。

翌朝、ヒレヴィとハルフォルセンは、馬車で出発する。しかし、途中で激しい雨となり、ふたりは森の中の大きな樅の木下に避難をする。そこで、ヒレヴィはハルフォルセンと関係を持つ。

三月に家を出たエリスは、他人に見つからないように凍った湖の上を歩き、途中で食料を盗みながら、ノルウェーに向かって歩く。彼は五月まで何とか生き延びる。ノルウェーに入ったエリスは、眠っているときに、ひとりの女性に起こされる。フィヨルドの深い谷の下に、滝から発した川が流れている。川の傍には数件の民家があった。その女は民家から離れた湖の畔の小屋に住んでいた。その女が「ロシア人の女」と呼ばれていることを、エリスは後で知る。女はエリスを彼女の住む小屋へ連れて行く。そこには女の子の赤ん坊がいた。エリスは夏の間、「ロシア人の女」の家に住み、ウサギを捕らえたり、湖で魚を釣ったりして生き延びる。彼は魚を塩漬けにして、冬に備える。冬が近づくが、エリスは冬の服を持っておらず、長靴も壊れていた。エリスはそこを出なくてはいけないと考え始める。ある日エリスが小屋に戻ると、女は姿を消していた。赤ん坊だけが残されていた。エリスは赤ん坊を籠に入れて山を下り民家のある場所に降りる。

村の女性が彼を見つけ、その異様な風体に驚く。しかし、女性は赤ん坊を見て、彼を家に招き入れる。村人たちが集まり、エリスは質問攻めに遭う。彼は谷の上に住む女の元に住んでいたが、それ以前の記憶は失ったと答える。衰弱していた赤ん坊には近くに住む女性の母乳が与えられる。エリスにも食事が与えられる。彼は風呂に入れられ、着替えさせられ、髪の毛を刈られる。人々はエリスの後頭部にある傷跡を見て驚くが、彼が記憶を失っていることに納得する。エリスは、もうひとりの少年ベンディクと一緒に、家畜の世話をし、森の中の倒れた木の根を掘り返す仕事をする。本格的な冬が来る前に、ベンディクと一緒に村を出て、別の仕事を探すことを、エリスは考え始める。

「私」は叔父のアヌトが歌っていた、

「子供は見かけが悪いからといって世間から隠してはならない。」

という歌を思い出す。「私」はヒレヴィに、そんなことをした人がかつているのかと尋ねる。

ノルフェル牧師が亡くなった。ヒレヴィは彼の葬儀に参列する。葬儀はエドゥヴァルドによって行われていた。ヒレヴィはエドゥヴァルドが自分から完全に遠ざかったことを感じる。ヒレヴィは自分が妊娠していることに気付く。ちょうどハルフォルセンは商用で旅に出ていて、それについて誰も話す相手がいない。これまで何人もの出産に立ち会ってきたヒレヴィだが、自分のこととなると不安を感じる。ようやくハルフォルセンが旅から戻る。ハルフォルセンはヒレヴィの妊娠の知らせを聞いて喜ぶ。彼はヒレヴィに指輪を買い、正式に結婚を申し込むという。

ヒレヴィの母は彼女を産んだ後、それが元で亡くなっていた。ヒレヴィは伯母のユーゲニーを助けたような有能な助産婦がいたら、母は助かっていたかも知れないと考える。伯母は何故かヒレヴィの母のことを話したがらなかった。ヒレヴィは十六歳のとき、母の祖父母がある町で店をやっていることを聞き出し、その店を訪れる。しかし、その店は他人に買い取られていた。ヒレヴィは何度かその町に足を運び、祖父母を知っているという人物に出会う。ヒレヴィは祖母を訪れる。祖父は既に死んでいた。祖母は彼女の妹と一緒に、粗末な小屋に住んでいた。そして、ふたりの老女もヒレヴィの母親のことについては口を閉ざした。ヒレヴィの知り得たことは、母親エリザベトがリッセンいうあだ名で呼ばれていたことだった。

また旅に出たハルフォルセンは一週間後に戻って来た。彼は、ヒレヴィのために指輪と、犬を飼ってきた。ハルフォルセンは、湖畔に自分たちのための家を建てると言った。牧師夫人が牧師館を出ることになった。ヒレヴィも、電話のある場所に移るために、引越しをすると夫人に伝える。ヒレヴィはハルフォルセンと婚約したことを村人には隠していた。電話のある場所に引っ越すというのは、ハルフォルセンの元に移るための口実であった。十一月の深夜、ヒレヴィはハルフォルセンの迎えでこれまでの宿舎を出る。ヒレヴィがハルフォルセンの家に移ってから数日後、深夜ヒレヴィが階段を降りると何かにけつまずく。ハルフォルセンは旅に出て留守だった。階段に置かれていたのは小さな箱であった。ヒレヴィがそれを開けると、切り取られた犬の前足が入っていた。ヒレヴィはそのことをハルフォルセンには言わず、犬の足を川に捨てる。それは白い斑点のある黒い犬のものだった。ヒレヴィはそれ心当たりがあった。ヒレヴィは店で、ルッベンで少女を妊娠させた男を見かける。その男はヒレヴィの方を見ていた。ヒレヴィには彼の言いたいことの想像がついた。

「私」はヒレヴィと何度か話そうとしたが、戦争が始まりそれは難しくなった。「私」の住んでいる家の隣に店があった。それはモルテン・ハルフォルセンの建てたものであった。彼はノルウェーからやって来て、最初は小間物の行商をやっていた。その後、木材の伐採で財を成し、「ラカの王様」と呼ばれている地元の有力者の娘を嫁にもらっていた。彼がまだ行商をしている頃、荷車を引いて森の中を歩いていた。分かれ道で、彼はひとりのラップ人に道を尋ねる。しかし、ラップ人が教えた道は行き止まりだった。怒ったモルテン・ハルフォルセンはそのラップ人を撃ち殺す。そして、ラップ人たちの復讐を恐れて、その死体を地面に埋める。しかし、それを見ていた男がいた・・・ラップ人から聞いたそんな話を「私」は家でヒレヴィの娘のミュルテンに話し、ミュルテンは母親に話した。ヒレヴィはそれを聞いて怒り、ラップ人は登場人物の名前を変えては、同じ馬鹿な話を繰り返していると言った。

一九一七年一月、ヒレヴィとハルフォルセンは、ラカヘーゲンに向かって二台の橇を走らせていた。橇には、ヒレヴィの甥のトビアス、姪のサラの他に、ハルフォルセンの妹のアーゴット等、婚礼の招待客が乗っていた。ヒレヴィの伯父と伯母は婚礼に参加せず、その子供たちが代わりに来ていた。医者のトビアスはレベックの町で何人かの患者を診ていた。ヒレヴィは橇を走らせながらエドゥヴァルドのことを考えていた。エドゥヴァルドはヒレヴィが町を去ることを聞いて驚いた。しかし、彼も亡くなった牧師の後任になることは取り下げて、クリスマスまでにはこの土地を去るつもりだと言った。ヒレヴィもそれが一番良いと言う。ヒレヴィはエドゥヴァルドを責めないでおこうと考える。橇を走らせながらヒレヴィはエドゥヴァルドに別れを告げる。ヒレヴィはお腹の中で赤ん坊が初めて動くのを感じる。

ヒレヴィ達の一行は、暗くなってからも星明りの中橇を走らせ、夜にラカヘーゲンの「ラカの王様」の屋敷に到着した。そこでは、ハルフォルセンの父、モルテンが待っていた。その夜、一行は、特にトビアスは、モルテンと遅くまで話をしている。外に出たヒレヴィは美しいオーロラを見る。湖畔のラカヘーゲンはかつてひとりのラップ人が、「ここに教会が建つ」と歌った場所であった。「ラカの王様」はその土地に実際に教会を建てた。

翌日、婚礼の招待客が次々と到着し、ヒレヴィはその出迎えに忙しい。祖父である「ラカの王様」も姿を現す。牧師が到着して、結婚の手続き進める。その後、人々に豪華な食事が供され、食事の後、新郎新婦への贈り物が紹介される。「ラカの王様」は土地を新郎新婦に送った。贈り物の中に、ひとつだけ送り主の分からない包みがあった。ヒレヴィはそれが誰からのものであるか知っていた。彼女はその包みを、気づかれないように、暖炉の中に捨てる。その後、ダンスが始まり、宴がたけなわとなる。

「測量技師の歌」というラップ人の歌がある。それは叔父のアヌトが、一九三一年に戻って来た後、作ったものだった。一九八一年の「故郷の祭」で「私」は久々にそれを聞いた。叔父が亡くなった後も、人々はそれを歌っていたのだった。それどころか歌い手は、叔父の功績を称えた。今では当時の関係者は皆死んでしまい、歌が正しく継承されているのかも分からない。「私」の祖父ミケル・ラーソンは、悪天候が続いた数年の間に、全てのトナカイを失ってしまった。叔父の話によると、川辺に立つ小屋で「私」は生まれたという。叔父は、裕福なラップ人の使用人として働くしかなかった。私は叔父と出会い、その後で、祖父や伯母の存在を知り、その小屋を訪れたのであった。ヒレヴィは私がラップ人と交わることを喜ばなかった。「私」が産まれる数年前、若者達が狩りに出かけ、悪天候のために洞穴に入る。そこには一頭のトナカイの死骸があった。それは、人によって屠られたもので、誰かがトナカイを盗み、洞穴の中でさばこうとしているのだった。若者たちは、そのトナカイ泥棒を捕まえるため、洞穴の中で待つ。果たして、そこへやって来たのは、祖父のミケル・ラーソンであった。若者たちはミケルを叩きのめす。ミケルは警察に逮捕されることはなかったが、噂はあっと言う間に近辺に広がった。「私」の母インギア・カリ・ラーソンも、他のラップ人に雇われて、トナカイを追い、父を絞る仕事をしていた。しかし、母は民宿を始めたヴェルナの手伝いとして雇われる。祖父は、ラップ人が町に定住することを望まなかったが、母はそれを無視して町に住むようになる。戦争が終わり、またトーンホレには狩り人が戻る。ヒレヴィは初夏に、男の子を出産し、その子はトーレと名付けられる。

エリスは、日曜日の朝、小屋で目を覚ます。彼は樵たちの下で働いていた。ベンディクと一緒に村を出たエリスは、樵たちの小屋に辿り着く。ベンディクは直ぐに出て行ったが、エリスはそこで働くことになった。非力で咳をする彼には、力仕事ではなく、馬の世話が与えられた。エリスも一度はその集団を飛び出したが、またそこに戻った。エリスはボール紙の切れ端に、馬のスケッチをしていた。ある日曜日、樵たちは半日働くことにした。その時、若者が斧で大けがをする。傷口を縫うための針と糸を小屋に取りに帰ったエリスはヴェルムレンダーと呼ばれる大男に捕まる。エリスは肛門にペニスを差し込まれる。

咳のひどいエリスは、樵たちによって医者へ連れて行かれる。医者は彼を結核であると診断。エリスはサナトリウムに送られる。サナトリウムで医者はエリスに安静を命じるが、エリスは「働かないで寝ていたら死んでしまう」という言葉を信じて、そこから出ようとする。しかし、エリスは結局自分の状態を受け入れ、サナトリウムで過ごすことにする。記憶喪失を装い、本名を隠すエリスに対して、「エリアス・エルヴ」という名前が付けられる。ある患者が持ち込んだ新聞に、自分自身が「尋ね人」の欄に載っていることをエリスは発見する。それは、エリスの特徴を挙げ、心当たりのある人は名乗り出て欲しいという内容だった。自分の素性が明らかになることを極度に恐れるエリスは、それにヒヤヒヤする。エリスの熱は下がり、彼は病院内にある学校の授業に出るように看護師に言われる。

ヒレヴィの息子トーレは、ジブテリアに罹り、生死の境をさまよっていた。一九一九年の当時、スウェーデンではジフテリアが流行、多くの子供がそれで亡くなっていた。トーレは高熱を発し、痩せこけて、苦しそうに息をしている。ヒレヴィは医者である甥のトビアスに何度も電話をする。トビアスは子供の生命力に賭けるしかないという。ヒレヴィは神に祈り、自分の犯した罪について考える。終にヒレヴィは、ラップ人の年老いた祈祷師の女性を頼る。その祈祷師がお祓いをした翌日、トーレの熱は下がる。

一九二三年、ラップ人の女性、インギア・カリ・ラーソンがサナトリウムで亡くなる。彼女は三歳の娘を残し、その娘はインギアの父親、ミケル・ラーソンが面倒を見ていた。雪が融けた頃、ヒレヴィはミケルがきちんと孫娘の世話をしているかを確認に行く。自分が取り上げた子であるので、ヒレヴィはそれなりの責任を感じていた。ヒレヴィがミケルの小屋に入ると、そこには痩せこけた裸と裸足の女の子がいた。ヒレヴィはその女の子を連れて帰る。その女の子、クリスティン・ラーソンは、ヒレヴィの家に住むことになる。ヒレヴィは町役場の職員を通じて、クリスティンを養女にしてくれる家族を捜すが、誰もラップ人の子供を引き取りたがらない。それで、クリティンはヒレヴィの養女として彼女の家に住むことになる。クリスティンは我慢強い賢い娘でヒレヴィの息子のトーレを弟のように世話をする。クリスティンは驚異的な速さでスウェーデン語を学ぶ。トロンドの祖父「ラカの王様」が亡くなる。辺りに道路が完成し、人々の往来が盛んになる。トロンドは車を使って、商売を広げていく。

ヒレヴィは夫のトロンドが、ルッベンのヴィルヘルム・エリクソンの馬の売買の仲介をしたことを知る。赤ん坊を放棄するなど、エリクソンのひどい所業に腹を立てているヒレヴィは夫の行いが気に入らない。トロンドは、エリクソンは今困っており、古い付き合いである彼を助けないわけにはいかないと言う。しかし、結局エリクソンは破産し、彼らの家と持ち物は競売にかけられる。村人たちは競売の日、エリクソンの家に集まる。持ち物が順に売られた後、最後に不動産が競売される番になる。ヒレヴィは夫に競りに参加しないように頼む。家は、結局別の人間によって競り落とされる。その数日後の深夜、ハルフォルセンの店が火事になる。トロンドやヒレヴィは消火を試みるが、店は全焼する。翌日、ルッベンでヴィルヘルム・エリクソンが死んでいるのが見つかる。火事はハルフォルセンを恨んだエリクソンの放火でないかと人々は噂をする。

ヒレヴィの子供たち、特にミュルテンは、店が焼けてしまったことを悲しむ。そして自分たちが貧乏になってしまうのではないかと心配する。クリスティンは彼らを宥める。自分の行いがこのような事態を招いたと考えるヒレヴィはうつ状態になる。彼女はしばらく、ウプサラの伯母の下で過ごすことにする。しかし、そこでは、夫を亡くし年老いた伯母と、四人の子供を抱えすっかり所帯やつれしたサラがいるだけであった。不眠に陥ったヒレヴィに、従兄弟のトビアスは睡眠薬を処方する。それでヒレヴィは一時的であるが眠れるようになった。ヒレヴィはハルフォルセンの下に帰ることを決意する。彼女が家に戻ると、そこは店を再開するために集められた商品で溢れていた。クリスティンは秋から学校に通うトーレに読み書きを教えていた。

不眠の続くヒレヴィは、眠れないまま早朝の散歩を始める。彼女は村中を歩き回る。ある朝、彼女はルッベンを訪れる。そこには誰も住んでいなかった。彼女はルッベンであった赤ん坊の遺棄を、どうして当時誰にも話さなかったのか自問する。結局、それはエドゥヴァルトと一緒になりたい自分を守るためだったことに気付く。彼女は遅ればせながら、それを夫に話そうと決意する。彼女が家に戻ると、父親のモルテンが来ていた。彼女は考えを変え、ルッベンでの出来事は、自分の心の中に留めておくことにする。

絵を描くことの好きなエリスは、樵の小屋に居る時から、ボール紙に、馬などをスケッチしていた。彼は、サナトリウムで医者から、絵具と筆を貰い、絵を描き始める。冬の間、彼は一心に絵を描き続けた。彼は図書館で美術の本を借りて読むほか、動物の骨格を研究した。彼の食欲は増し、徐々に回復した彼は晴れて退院を果たす。彼はオスロで大工やパン屋の見習いとして働きながら、僅かな給金で絵の材料を買い、女友達の部屋に昼間場所を借りてそこで絵を描く。同時に彼は、絵の学校に通う。学校のメンバーで展覧会が開かれ、エリスの絵が初めて売れる。彼は初めて絵を描いて幾許かの金を手にする。エステンユ学校の壁に描くフレスコが公募される。応募者は、イメージを紙に描き提出し、それでの審査に通った者が実際に壁に絵を描くことになっていた。エリスは馬に囲まれた少女の絵を提出する。しかし、彼は落選し、他の者の絵が選ばれた。落胆するエリスに、学友の女性ダグマーは、

「あなたの絵は、見ている者が共感を抱けない。」

と言う。エリスは、ベルリンに行って、絵の勉強をしようと決心する。

「私」は子供たちと湖の上を歩く狼を見ていた。ミュルテンは、狼は人間を襲うのかと聞く。「私」は、狼は臆病なので人間には滅多に近づかないと答える。しかし、トナカイはしばしば狼に襲われ、人々は懸賞金を懸けて狼を殺したり、毒を盛ったり、鋭く削った骨を食べさせるようし仕向けたりして狼を退治しようとした。一九二九年に目撃されたのを最後に、その辺りから狼は消えた。

夏の終わりの日曜日、ヒレヴィはボートを漕いで、義理の妹のアーゴットの家に向かっていた。夫と子供たちは礼拝に行き、夕方まで帰って来なかった。アーゴットは裸になり家の前で水浴びをしていた。そして、そこにはトビアスがいた。ふたりは関係していたのだった。トビアスには妻と四人の子供があった。そして、それ以上にヒレヴィを驚かせたのは、子供のいないはずのアーゴットに妊娠した跡があったことだった。ヒレヴィは何も言わずその場を立ち去る。その後、トビアスはヒレヴィに会わず、ウプサラに帰って行った。

次の土曜日、仕事から帰ったトロンドは髭を剃っている。髭を剃った後、彼は子供たちに自分の頬を突き出してキスをさせた。ヒレヴィは、昔はそれが自分の役目であったことを思い出す。ヒレヴィはもう四十歳を超えていた。彼女は夫も自分も歳を取ってきたことを実感する。彼女は夫に、トビアスとアーゴットの関係について話す。

「レベックかスヴァルトベネットのどちらに住むのか」、「スウェーデンかノルウェーのどちらに住むのか」、「EUに入るのか入らないのか」、これまで選択することは沢山あった。「私」はこれまでスウェーデンを選んできた。学校ではラップ人ということで馬鹿にされ、裕福な商人の養女ということで、妬まれたことがあった。しかし、私はスウェーデンを選んだ。一九三三年にトロンドの父モルテンが亡くなる。その葬式でミュルテンは歌を唄った。彼女には音楽の才能があり、きれいな声で歌を唄い、ギターなどの楽器も弾けた。クリスマスに新しい服を着て皆が集まる。アーゴットも来ていた。息子のトーレは十七歳になっていた。

トーレは二十歳を超えている。町の学校に通い始めたが、気風に合わず家に戻っている。ある日、ヒレヴィは外に出て愕然とする。ヴィルヘルム・エリクソンの亡霊と出会ったと思ったのだった。しかし、それはヴィルヘルムの息子、グートムンドであった。彼と弟は、アメリカに渡り、金を得て、故郷に戻って来たのであった。兄弟は土地を買い、林業を始めるという。数日後、

「トーレが氷の上に倒れている。」

という知らせが入る。ヒレヴィが駆けつけると、トーレが殴られて気を失っていた。エリクソン兄弟の仕返しであることは明白だが、目撃者もおらず、証拠もなかった。「私」とミュルテンは町の学校に通い始める。そこで、「私」はひとりの若者を好きになる。

 ベルリンに来たエリスは、建築家のエーリング・クリスティアンセンと知り合う。エリスは相変わらず馬の水彩画を書いていた。彼の絵は売れ始め、彼はまともな服を着て、レストランで食事ができるようになった。彼はノルウェー人の妻を持つカール・ズィーガーを紹介され、印刷業を営むカールのデザイナーとしても働くようになる。折しもナチス・ドイツの勃興の時期であった。自らもナチスの信奉者であり、ナチスに気に入られたエーリングは、次々と建物の設計を受注する。そして、その内部の絵をエリスに描かせる。ふたりはそれで大金を得る。半面、エリスの協力者であったユダヤ人の画商ロッシュが突然姿を消すなど、政権を取ったナチスの影は日に日に濃くなっていった。しかし、エリスは自分のやっていることに疑問を持ち始める。彼は、頼まれている仕事を放り出して、油絵を描き始める。連絡がないので心配したエーリングがエリスを訪ねると、そこには数枚の油絵があった。それは近所に住む、貧しい人々を題材にしたものであった。

「俺は画家として、描きたいものを描く。」

エリスはエーリングにそう宣言する。

「私」はニルス・クレメンソンとの結婚を決意し、彼の住むノルウェーに向かう。「私」は自由を感じていた。ある日、彼女はヒレヴィから一通の手紙を受け取る。ヒレヴィは、

「これまで話したいと思っていたことをここに書くつもりです。」

と書き始める。

「あなたは自由を楽しんでいるだろう。私がウプサラを離れて、好きな人を追って、この地に来たときもそう思った。しかし、自由は、健康、安全、その他の代償を払って享受されていることを忘れてはいけない。」

ヒレヴィは「私」のことをそう戒めていた。

 「私」は身内だけでひっそりと教会で結婚式を挙げるつもりだった。しかしトロンドとヒレヴィは、これまで一緒に住んだクリスティンにまともな結婚式を挙げさせてやりたいと考え、それを企画した。披露宴は、ペンションを借りて行われることになった。馬車に乗って出発したクリスティンは、コルセットが余りにきついことに気付く。それで、一旦家に戻り、コルセットを取る。その後岸からボートで教会のある場所まで移動した。一行が大幅に遅れて到着したので、牧師はイライラして待っていた。式の後、食事が始まり、プレゼントの贈呈があった。ヒレヴィとトロンドはクリスティンに金のネックレスを送った。ヒレヴィはもう四十九歳になっていた。ヴェルナによって、母親のインギア・カリの来ていたラップ人の衣装が持ち込まれる。それはきれいに修理されていた。クリティンはそれを着る。ヒレヴィはそれを驚きの目で見ていた。トーレの持ち込んだ蓄音機で音楽がかけられ、ダンスが始まる。ジャズで若者が踊り、ウィーナーワルツで年配の客が踊る。トビアスがアーゴットを連れて、舞台を独占するほど派手に踊っている。だんだんと雰囲気は和み、年配の客は外へ出て話をしている。話題は、もっぱらもうすぐ始まるだろうという戦争と、ドイツの動きであった。真夜中過ぎ、エリクソン兄弟が集めた若者が、会場に闖入する。彼らは残った食べ物をむさぼり喰い。酒を飲みまくる。午後二時頃、叔父のアヌトが歌い出す。会場の人々は、スウェーデン人もラップ人も、その歌声に聞き入った。明け方、ヒレヴィはアヌトと話していた。彼女はアヌトに、エドゥヴァルドが宿で書きつけた「自分の中にはふたりの人間がいる」という詩について話す。アヌトは、それはゲーテの詩の引用だと言う。ヒレヴィは自分の運命を変えた出来事が誤解に基づいていたことを今さらながらに知るのだった。

 

 

 

<感想など>

 

この物語の主人公はもちろんヒレヴィである。彼女は、恋人を追ってきたスウェーデンのノルウェーとの国境に近い僻地に助産婦として赴任し、そこに住むことになる。しかし、その他にふたりの人間の運命が描かれる。ひとりは「私」、ヒレヴィの養女。もうひとりはエリス・エリクソン、家出をした若者である。

「私」が誰なのであるかは、かなり最後になるまで分からない。女の赤ん坊の生まれるシーンが何度か登場するので、「候補者」は何人か挙がるのだが。最終的には、結構あっさりと判明する。何故「私」の正体を暴露することをそこまで引っ張ったのか、正直分からないまま話が終わってしまった。

ケルスティン・エクマン、一九三三年、スウェーデンのウプサラ生まれ。結構古い世代に属するそれ人である。最初は、探偵小説で成功したが、その後、徐々にジャンルを変えてきている。この物語は、二十世紀の初頭、北スウェーデンにやって来たヒレヴィとそれを巡る話であるが、「世紀の変わり目」、「何世代にも渡る展開」、「北スウェーデンの風物」が、エクマンのミステリー以外の小説のキーワードとなるらしい。

この小説をスウェーデン語からドイツ語に訳した人は苦労したと思う。

まずは方言である。おそらく原作では、人々の会話がスウェーデン語の方言で書かれていたと想像される。また、外国人の話すたどたどしい文も登場する。例えば、ラップ人の話すスウェーデン語。ノルウェー人の話すスウェーデン語、スウェーデン人の話すノルウェー語など。それらの方言、外国人のアクセントを表すために、ドイツ語が工夫されている。それは分かるが、私には極めて読みにくかった。しかし、その読みにくさが、方言の持つニュアンスを伝えていることも確かである。

次に歌が登場する。「私」の叔父アヌトは歌を作って自分で歌う。彼の歌は世代を超えて歌い継がれている。さて、その歌の歌詞が頻繁に登場する。ラップ人は独自の言葉を話していたと書かれている。原作その歌が何語で書かれていたか確かめられないが、おそらくスウェーデン語なのだろう。それらの歌がドイツ語に訳されている。そして、意味が伝わってくるだけではなく、驚異的なことに全て韻を踏んでいる。いくらスウェーデン語とドイツ語が似ていると言っても、歌を訳し、意味をそれほど変えず、しかも韻まで踏むというのは、想像を絶する大変なことだと思う。

雪深い、冬は暗くて寒い、オーロラの見える、北の国スウェーデンのそのまた北の地方を舞台にしている。トナカイを放牧するラップ人と、後で入植したスウェーデン人が混ざって住んでいる。スウェーデン人は、ラップ人を「酒飲み」、「迷信深い」と言って、二級市民扱いをしている。どこに行くのも橇、短い夏は蚊に悩まされ、時として出没する狼がトナカイを襲う。日本人には極めて想像し難い環境である。そんな、スウェーデンとノルウェーの田舎で展開する話かと思っていたら、最後はナチス・ドイツ勃興時のベルリンが舞台になったのには驚いた。

「狼の毛皮」という三部作の第一作であるという。しかし、読まれることを拒否したいのかと思うほどの作品であった。四百六十ページという長編。淡々とした展開、それほどのクライマックスもなく、読みにくい文章、分かりにくい会話、なお分かりにくい歌が延々と続く。ひとつの文も、最近のサクサクとした短い文章の連続ではなく、関係代名詞がやたらと入った長いもの。大衆小説で、これだけ難解な文章も珍しい。何度も投げ出そうと思いながら、意地で最後まで読んだが、疲れた。これから読む方もおられるので、作品に対する否定的な感想は余り書きたくないのだが、正直こんな疲れる本を書く作者の作品は、今後もう読みたくないと思った。しかし、さすがに最後はきれいに絞めてある。画家となるエリス、結婚して新しい家庭を築く「私」の旅立ちのシーンは清々しいものである。我慢して最後まで読んで良かったと思った。

 

20178月)

 

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