「マルコニ・パーク」

原題:Marconi Park

ドイツ語題:Marconipark

2013年)

 

 

<はじめに>

 

会話を小説の中に取り入れることの名手、オーケ・エドワードソンの作品。一度スペインで引退をしていた警視エリック・ヴィンターの復帰第二作である。

 

<ストーリー>

 

イェーテボリの春。警視エリック・ヴィンターは、三ヶ月後に家族をスペインから呼び寄せることを楽しみにしていた。そんな中、殺人事件が起こる。フレールンダ公園で四十歳くらいの男が殺されているのが見つかった。ズボンと下着を膝まで下げられて、股間を露出した状態で、頭ら青いビニール袋を被せられ、窒息死したと考えられた。死体にはボール紙が安全ピンで結び付けられており、そこには「R」という文字が、黒いペンキで書かれていた。

 ヴィンターを中心に捜査班が設けられる。警視フレデリク・ハルダース、同じくベテランの警視ベルティル・リングマー、女性刑事イェルダ・ホフナー、黒人の女性刑事アネタ・ジャナリがそのメンバーであった。文字の書かれていたボール紙は、ケーキの箱のように思された。ヴィンターは、それが周到に準備された復讐劇であること予測する。そして、被害者が一人だけでは済まないことも予測していた。

 殺された男は、元教師のロベルト・ハルであった。ジャナリは、殺されたハルの元妻を、ヴォロスに訪れる。ハルと妻のリネアは四年前に離婚していた。リネア・ハルは、ロベルトは残忍な性格で、しばしば暴力を振ったこと、離婚して以来一度もロベルトに会っていないことを証言する。

 ヴィンターは、ロベルト・ハルのアパートに入る。そこは、窓からマルコニ・パークが見下ろせる場所だった。マルコニ・パークはかつてサッカー場で、ヴィンターもそこでサッカーをしたことがあった。今はアイスリンクになり、地元のアイスホッケーのチームがその場所を使っていた。ロベルト・ハルのアパートを検証しているヴィンターに、リングマーから電話がかかる。第二の犠牲者が発見されたという。ロベルト・ハルの殺害より五日後のことだった。

 二人目の被害者は、ヨナタン・ベルセールという四十一歳の男であった。夫が戻らないので妻が捜査願を出していた矢先。第一の犠牲者と同じように、下半身が露出され、頭を殴られて気絶した後、青いビニール袋を頭に被せられ、窒息死していた。発見された場所はイェーテボリのメルンダイという場所、「O」と書かれたボール紙が身体に付けられていた。

 ヴィンターとリングマーは、妻のアマンダ・ベレセールを訪れ、事情を聴く。殺されたヨナタン・ベルセールは、かつて高校の教師で、体育と国語を教えていた。第一の犠牲者の元妻と同じように、夫を亡くし妻であるが、ヴィンターは悲しんでいるというより、何かホッとしているような印象を受けた。

 鑑識の調査の結果、死体に添えられていたボール紙は、高級菓子店が包装用に使うボール箱に、屋外用の黒いペンキで書かれていたことが分かる。

 アマンダ・ベルセールには、別れた夫との間にグスタフという息子があったことが分かる。息子は何故か、離婚後、母親ではなく、父親のモルトン・レフヴァンダーに引き取られて一緒に暮らしていた。翌日、ヴィンターとリングマーは、その息子に会いに、父親の家に行く。彼らが家に近付いたとき、ひとりの少年が怯えた表情で家を飛び出し、走り去る。それが息子のグスタフであった。ヴィンターとリングマーはグスタフを母親の家で発見する。グスタフは自宅で電話を受け、発信者の番号がヨナタンの携帯であったのでパニックになったのだった。

ヴィンターとリングマーは、マルコニ・パークのスケートリクを訪れる。向こう側に観客席にひとりの若い男がいた。リングマーがその男に近づいて話を聞こうとすると、その男は逃げ、姿をくらます。ヴィンターは、その若い男こそが犯人であるという確信に似たものを感じるようになる。

三人目の犠牲者は女性であった。弁護士のマティルダ・コルシュが殺害される。彼女の下半身は剥き出しになっていなかったが、彼女は意識のある状態でビニール袋を被せられ、窒息させられており、それが犯人の強い怒りを示すように思われた。そして、「A」と書かれたボール紙が結び付けられていた。彼女もふたりの犠牲者と同じく四十歳の前半であった。

ヴィンターは彼女の元夫と、彼女の父親を訪れる。父親は精神科医であった。ヴィンターは娘の死にも関わらず、奇妙に落ち着いている父親から違和感を得る。

 アルファベットの書かれていたボール紙の出所が分かる。イェーテボリに昔からある高級菓子店であった。店員は、二ヶ月ほど前に、若い男が箱だけを大量に買っていったと証言する。

ハルダースは、殺されたヨナタン・ヴァーセアの同僚、ラッセ・ブトラーを尋問する。ヨナタンは学校で、体育と国語を担当していたが、数年前に学校を去っていた。かつての同僚は、ヨナタンが過去に、子供たちを集め、ヴォランティアでサッカーのトレーニングをしていたと話す。

ヴィンターは、久しぶりにジョギングをする。そのとき、彼は被害者たちの過去を探るために、被害者の家庭内で撮ったヴィデオを見てみようと考える。彼は、被害者の家にあったヴィデオ、DVDなどを集めさせ、それを見始める。ヨナタン・ヴァーセアの家で、二十年前に撮ったヴィデオに、庭に大勢の子供たちが入ってくるシーンがあった。深夜、ヨナタンの父親、グナー・ベルセールを訪れたヴィンターは、その子供たちが誰であるかを父親に尋ねる。父親は、そのヴィデオは自分が撮ったものであることを認め、近所の子供たちが偶然庭に入ってきたのだと言う。しかし、ヴィンターはそれを嘘だと見抜く。子供たちが入ってくる前に、カメラはそちらの方に向けられていた。撮影者はその子供たちが入ってくることを予期していたのであった。複数のヴィデオに登場する男がいた。父親はその男がペーター・マークという男であると証言する。リングマーは深夜、ペーター・マークの家を訪れるが、両親によると彼はストックホルムに行って留守だということであった。

家に戻ったヴィンターにストックホルム警察から電話がある。ストックホルムで、他殺死体が発見されたという。そして、その死体は青いビニール袋を被せられ、横には「I」と書かれたボール紙が置かれていた。ヴィンターは、「R」、「O」、「A」、「I」を使った語の解析をリングマーに頼み、自分は翌朝にストックホルムに向かうことにする。

翌朝、ギュスタフが家に帰っていないという連絡が入る。彼は前夜、父親の家にも、母親の家にも帰っていなかった。

ストックホルムで殺されたのはヨハン・シュヴァルツという男。イェーテボリの出身であった。リングマーがヨナタンの父親に問い合わせたところ、父親はシュヴァルツを知っていることを認めた。ここで初めて、被害者たちの間に関係があることが証明された。しかし、ヨナタン・ベルセールの父親、グナー・ベルセールが自宅で首を吊っているのが発見される。

二日間行方不明になっていたグスタフが、ガソリンスタンドで発見される。憔悴している彼は、救急車で病院に運ばれる。グスタフは二日間どこにいたかについて、口を噤む。しかし、彼の上着に付いていた黒いペンキが、ボール紙にアルファベットを書いたものと同じであることが判明し、グスタフは犯人と一緒にいたことが分かる。

ヴィンターはストックホルムに向かい、そこでストックホルム警察の警視ディック・ベンソンと一緒に捜査を開始する。夕方、殺されたシュヴァルツのアパートを訪れたヴィンターは、自転車に乗った男が、ヴィンターの部屋の様子を窺っているのを見る。ヴィンターが近づくとその男は自転車で逃げる。ヴィンターはたまたま通りがかった若い男の自転車を借り、逃げる男を追跡する。そして、ストックホルム中の逃亡、追跡劇の後、その男を捕捉する。その男は・・・

 

<感想など>

 

おそらく、小説の三分の一以上が会話であると思う。そして、その会話が、現実的で、流れるようで、それがこの作者の特徴となっている。小説の中の会話、特に推理小説の中の会話は、どうしても説明的になりがちで、実際声に出して読んでみると不自然なものが多い。わざとらしいとか、そんな持って回った言い方をするかよとか、感じてしまう。しかし、エドヴァードソンの描く会話は本当に自然である。会話を文字にするというてんの作者の才能には感嘆せざるを得ない。

その会話の内容だが、半分以上は「嘘」である。一連の殺人は、何年も前に起こった、ある出来事に対する復讐劇であることは容易に想像が付く。そして、その出来事に、複数の人間が関与していることも。彼らは、その事件への関与が、警察や世間に明らかになるのを防ぐため、嘘をつきまくる。そして、その嘘をつくときの、一瞬のためらいが、エドヴァルドソンの描く会話から手に取るように分かるのである。例えば、時間稼ぎのために、

「誰々を知ってますか。」

と言う質問に対して、

「何故俺が彼を知ってなくてはいけないんだ。」

「それが、俺にどんな関係があるんだ。」

とか、やたらと反問が入るのである。

 事件そのものは、かなり非現実的である。次々と殺人が起き、そこにアルファベットの一文字が書きつけられている。犯人は、その殺人が、ランダムなものでなく、ある意図を持ったものであることを、警察と世間にメッセージとして送っている。そして、そのアルファベットの組み合わせを発見し、単語を見つけることが、捜査班の急務となるわけである。この辺り、いくら殺人犯人が永年に渡り周到な計画を立てたという設定でも、ちょっと凝り過ぎ、非現実的な設定である。

 エリック・ヴィンターというと、ウィスキーを愛し、ジャズのコルトレーンを愛し、家族を愛し、しかし、犯人を追うときには全て忘れてしまうという設定。犯人逮捕のためなら、規則無視の単独行も厭わない点、マンケルのヴァランダーと似ている。今回も、ストックホルムを縦横無尽に、自転車による追いつ追われつの大捕り物が展開され、それがクライマックスとなっている。そして、ジャズのコルトレーンが好きなヴィンターが、突然ロックのマイケル・ボルトンを聴き始めたことが、彼の周囲の人々に驚きにを与えている。

 ちなみに、タイトルの「マルコニ・パーク」とは、イェーテボリに実在する公園の名前で、世界で初めて無線通信を実用化したイタリアの発明家、グリエルモ・マルコニにちなんでいる。彼は一九〇九年にノーベル物理学賞を受賞しており、スウェーデンとも関係が深い。

 非現実的な話だが、会話で読ませる。

 

20162月)