暗い家

 

原題Huset vid världens ände「世界の終わりの家」

ドイツ語題:Das dunkle Haus「暗い家」

2013

 

 

オーケ・エドヴァードソン

Åke Edwardson

 

 

<はじめに>

 

オーケ・エドヴァードソンは一九五三年生まれ、既に十二作の「警視ヴィンター」シリーズを発表し、三度に渡り「スウェーデン推理小説大賞」に輝いている。その割に、国外では知名度がイマイチな作家である。この作品は、一度引退を決意し、スペインに隠遁した警視エリック・ヴィンターの、復帰後最初の事件を描く。

 

<ストーリー>

 

イェーテボリ警察の警視エリック・ヴィンターは二年間スペインのマラガで生活していたが、スウェーデンに戻り復職する決意をする。彼は、妻と子供をスペインに残し、単身イェーテボリに戻る。かつての同僚たちは、暖かく彼を迎える。

イェーテボリ郊外のアムンド島に住む定年退職したクロルは、散歩の途中、近所のマース家の前を通りかかる。新聞受けには三日分の新聞が溜まっていて、中では赤ん坊の泣き声が聞こえる。不審に思ったクロルは、警察に連絡する。駆け付けた警察官が家の中に入ると、そこでは母親のサンドラ・マースと、ふたりの子供が刃物で刺し殺されていた。一番下の赤ん坊だけは、殺されず、ベビーベッドの中にいた。

新聞広告を見た男は、その広告主に電話をする。それは「犬を譲ります」という広告であった。彼は、そこにある番号に電話をかけ、その日の午後、犬を譲りたいという女性を訪れる。彼女は母親で、家の中には子供たちの姿が見えた。彼はその犬を連れて帰り、ヤナという名前をつける。

復職して最初の日から、ヴィンターは事件に巻き込まれる。彼は、母親とふたりの子供が惨殺された家を訪れる。彼は、赤ん坊がくわえていたはずの「おしゃぶり」が、どこにもないのを不審に思う。検死の結果、サンドラ・マースの体内からは、殺される数日前に入ったと思われる精液が残っていた。サンドラと子供たちは犬を飼っているはずであった。犬がいないことも不思議に思ったヴィンターは、新聞に「犬を譲ります」という広告がないかを捜し始める。

ヴィンターは医者の話を聞く。通常、赤ん坊が水分の補給なしで生きられるのは最大三日であるという。新聞が三日間溜まっていたことを考えると、殺人は三日以上前に起こったことが考えられる。ヴィンターは殺人の後、犯人が赤ん坊の世話をするために戻って来たのではないかと考える。また、どうして上のふたりの子供が殺されたのに、一番下だけは命を落とさなかったのかを推理する。

暖かいスペインから帰国し、いきなり一月のスウェーデンの陰鬱な天気と、子供を巻き込んだ残虐な事件に遭遇したヴィンターは、独り暮らしであるだけに酒量が増える。

殺されたサンドラ・マースには別居中のヨヴァンと言う名の夫がいた。ストックホルムに住む夫は、犯行のあった日の直前にイェーテボリに帰っていた。ヴィンターの同僚のハルダースがヨヴァン・マースから事情聴取を行う。犯行のあった前後、マースには、アリバイがなかった。マースは妻と不仲であったことは認めるが、その原因については黙秘し、犯行は否認する。夫は遺された一番下の女の子を引き取り、イェーテボリにある姉の家に滞在する。

ヴィンターと同僚は、目撃者の発見に努める。近所の建物のガードマン、新聞配達の人間などに聞き込みをするが、怪しい人物を目撃したという証言はない。

ヴィンターの同僚が、ローカル新聞に載った「犬を譲ります」という広告を見つける。ヴィンターは、犯行のあった家に向かう途中、凍った海の上で犬を遊ばせている男を見つける。ヴィンターはその犬が、マース家で飼っていて行方不明になっている犬と酷似しているのに気づき、その男を追う。男は逃げる。最後に、ヴィンターは男をピストルで殴りつけて逮捕する。彼はクリスティアン・ルンスティックと言う名で、マース家の三人が殺された直前に、新聞広告を見てマース家を訪れ、犬を譲り受けたと証言する。

ヴィンターはルンスティックの陳述の裏を取るために彼の妻を訪れる。妻によると、男はそれまで犬に興味を示さなかった。また、彼は、サンドラ・マースに電話を入れるのに、プリペイドの携帯を使っていた。ヴィンターはルンスティックが、サンドラ・マースとコンタクトを取る機会を狙っており、犬の広告を利用したのではないかと考える。妻には明らかに、夫からの暴力を受けた跡があった。またルンスティックは、別の場所で人種差別に絡んだ暴力沙汰を起こしていた。

ヴィンターの同僚、女性刑事のゲルダ・ホフナーは、マース家から死体が発見された日の早朝、男が出て来るのを見たという通報を受ける。近所に新聞を配達しているロビン・ベングトソンという名前の若者からであった。ホフナーは彼にすぐに警察署へ来るように言う。死体が発見された日の朝五時頃、ベングトソンは男がマース家から出て、歩いて立ち去るのを見たという。警察は既に本来新聞配達に雇われているロベルトソンという男に聞き込みをしたが、実はその男は雇用者に隠れてベングトソンに配達をやらせていたのであった。そして、警察に対して、ロベルトソンは、死体が発見された日も、自分が配達していたと嘘をついていたのだった。

彼は、本来新聞配達をするはずの男、ロベルトソンを訪れる。アルコール中毒の男は汚れきった家に、酒のビンに埋もれて暮らしていた。ロベルトソンがベングトソンに配達の代行を頼んだのは、死体発見の三日前、つまり犯行があったと予想される日であった。ヴィンターは、ロベルトソンが犯行後、目撃者がいた場合のことを考えて、ロビン・ベングソンに仕事を譲り、隠れていていたのではないかと推理をする。

ヴィンターは、スペインの妻から電話を受ける。母親が肺癌に罹っていることが分かり、かなり進行した状態だという。ヴィンターは捜査を同僚に任せ、数日の間スペインに戻ることを決意する。

ベングトソンから女性刑事ゲルダ・ホフナーに、自分の家に何者かが侵入しているという通報。翌日、ヴィンターとハルダースがベングトソンのアパートを訪れると彼は殺されていた。ベングトソンが犯人を、アパートに招き入れた形跡があり、犯人は、ベングトソンの顔見知りであることが予想された。

ルンスティックは拘置所で自殺を企てる。直ぐに発見され、命を取り留めたルンスティックは、こんな生活に疲れたと話す。ヴィンターは、ルンスティックが犯人であることに、疑問を持ち始める。

ヴィンターは犯行現場を訪れ、手掛かりを探す。そこに現れたクロルと話すうちに、ヴィンターの心の中にクロルが犯人ではないかという疑いが目覚めはじめる。

ヴィンターは、スペインのマラガに戻る。幸いにして、母親は小康状態であった。彼はスペインに数日過ごしただけで、再びスウェーデンに戻る。

警察にサンドラの写真が送られてくる。その同じ写真は、サンドラの家の引き出しで見つかったもののコピーであった。ヴィンターはその写真を夫のヨヴァンに見せる。夫は、その場所がサンドラの父親のボートハウスであるという。ヴィンターはそのボートハウスのある場所を訪れる。そのボートハウスの近くのレストランのタイ人ウェートレスが、サンドラが男と一緒に店を訪れたことがあると証言する。その男の、片方の耳がもう一方の耳より短いという特徴をウェートレスは覚えていた。

夜遅く、ヴィンターが家に戻ると、家の前に男が立っている。ヴィンターがその男に近付こうとすると男は車で逃げ出す。ヴィンターはその車を追跡するが見失う。

ヴィンターは母親がいよいよ危ない状態になり、ホスピスに入ったとの知らせを受け、急遽マラガに戻る。ヴィンターと妻のアンゲラに見守られて、母親は亡くなる。

サンドラ・マースの元上司、マティアス・ヘッグ。サンドラとの個人的な関係を、リングマーに問い質されて言葉を濁す。ヘッグの妻は、夫がインポテンツであるので、夫ごサンドラの関係はあり得ないという。

ゲルダ・ホフナーはサンドラの勤めていた会社を訪れ、イェンス・リカンダと会う。彼は執拗にゲルダ誘う。ゲルダは彼の誘いに負けて、彼のアパートで会う。そのとき、ハルダースは、別の経路からリカンダの名前に到達していた・・・

 

<感想など>

 

なかなか容疑者が見つからないという展開ではない。怪しい男は次々と見つかる。まずは被害者の女性の夫、次に犬を譲り受けた男、新聞配達の男、近所に住む男、被害者の女性の上司、被害者の同僚・・・誰もがそれなりに怪しく、犯人であってもおかしくない展開。ネタバレになるが、そんな展開の時は、かえって他に犯人がいるというオチがつくものである。

この展開、デンマークで製作され、英国で人気を博した、ソフィー・グロベールが女性刑事サラ・ルンドを演じる「キリング」の展開と似ている。毎回、別の人物が容疑者として現れ、それなりに怪しく、犯人のある可能性が述べられる。しかし、本当は誰が犯人なのかは最終回まで持ち越されるという展開である。

極めて会話の多い書き方である。大部分は、警察官が尋問している様子を、そのまま書いている。読者は自分がその尋問に立ち会っている、あるいは陪審員としてその尋問の録音を聴いているような気になり、臨場感を盛り上げている。

エリック・ヴィンターは、前作の物語の後、二年間スウェーデンを離れ、スペインのマラガで暮らしていたことになっている。実際、その間作者もこのシリーズの前作Den sista vinternを二〇〇八年に出版した後、二〇一二年にこの本が出されるまで四年間の空白がある。多くの人は、前作でエリック・ヴィンター・シリーズが打ち止めになると思っていたらしい。この本は、ヴィンターがスペインから単身スウェーデンに戻るところから始まるが、何故、彼がその気になったかという点が、イマイチ良く分からないままに話が展開していく。エドヴァードソンは一九五三年生まれ、作家として活動を始める前はジャーナリストであった。彼は、中東やキプロスを中心に活動していた。ジャーナリストから推理作家への転身は、スティーグ・ラーソン、リザ・マークルンド等、かなり多いケースである。

容疑者側も、捜査陣の側も、登場人物が多すぎて、読みながら頭を整理するが大変だが、それなりに面白かった。とにかく、会話が流れるようで自然。エドヴァードソンは会話を文字にする、特殊な才能を持っていると思う。

 

20159月)

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