「古いチーズ」

原題:Gammal Ost

ドイツ語題:Nach dem Essen sollst du rhun (食事の後は休みましょう)

1971

 

 

ウルフ・ドゥルリング

Ulf Durling

1940‐)

 

 

<はじめに>

 

古本サイトで何とか探し当てて、一九七一年に発刊されたこの本を読んだ。作者が、殺人事件の全ての要素を読者に提供し、読者がそれ使って謎解きに挑むという、古式ゆかしい推理小説である。構成がなかなか凝っている。

 

<ストーリー>

 

第一部

 

ヨハン・ルンドグレン、カール・ベルイマン、ドクター・ニュランダーは毎週日曜日の夜、「推理小説研究会」を催している。書記はニュランダーで、五年分の議事録がファイルされている。ファイルは二冊目になった。ルンドグレンは十二年前に定年退職してから、市の図書館に通いだした。そこで、カール・ベルイマンと出会う。ベルイマンは長く書店を経営してきたが、その店を他人に譲り引退していた。元々、書店の主人だけに本が好きで、彼もルンドグレンと同じ市立図書館に通っていた。図書館で出会ったふたりは、本に対して共通の嗜好を持っていることを発見する。二人とも、推理小説のファンだったのだ。ルンドグレンとベルイマンは、図書館に通う道すがら、色々な推理小説に関して意見を交わす。

二人とも、古典的な推理小説の信奉者であった。作家が、必要な情報を読者提供し、読者に判断を委ねる。読者が謎解きに挑戦するというタイプの推理小説である。そこに、ベルイマンの知り合いである、ドクター・ニュランダーが加わり、「研究会」が発足した。ニュランダーは長年医師をしていたが、医学の進歩に追い付いていくのに疲れ、引退を決意した。ニュランダーは、三人の中で一番若く、巨漢で、独身。ニュランダーが研究会の書記を引き受けた。毎回、ひとつの推理小説について三人は意見を交わし、その意見がカードに書き込まれ、ファイルされていった。

その日も、三人はベルイマンの家に集まっていた。ベルイマンは、

「今日はちょっと趣向を変えて、身近な問題について考えてみませんか。」

と言う。ベルイマンの息子グナーは警察官であった。その息子の持ち込んだ話だという。近くのペンションで、男が死んでいるのが発見され、その部屋に内側から鍵が掛かっていたという。死んでいた男は、アクセル・ニルソンという名前で部屋を借りており、米国のパスポートと運転免許証を所持していた。それによると、一九一七年生まれで、五十二歳ということである。朝十時に部屋の掃除に来た女性が、ノックしても反応がないのでいぶかしく思い、主人に連絡。主人が警察を呼んで十一時にドアを開けたところ、頭から血を流して死んでいたという。テーブルの上に置いたあった赤ワインの瓶が倒れ、床に赤い染みを作っていた。

宿の主人、ブロムによると、その男はその月の十三日からホテルに泊まっていた。着古した物を身に着け、少し足を引きずり、国営酒類販売所へ行く以外は外出をせず、他人との接触を避けるように、ひっそりと暮らしていたという。彼は独りにも関わらず、ダブルの部屋を前払いで借りていた。両側の部屋には、学校の教師である女性がそれぞれ宿泊していた。ルンドグレンには、アクセル・ニルソンという名前に聞き覚えがあったが、何時、何処で聞いたのか、思い出せなかった。

宿の主人の話によると、土曜日の夜、五号室、つまりニルソンの部屋で、激しく言い争う声が聞こえたという。言い争いは十時には収まった。しかし、言い争いの相手が、ホテルを出たのを主人は目撃していなかった。玄関を通れば、ドアのベルが鳴るはず、裏口は主人の部屋のすぐ前で、自分に気づかれることなしに、誰も外へ出られないと、主人は主張する。

ルンドグレンとニュランダーはベルイマンから話を聞き、まさに「密室での殺人」であることに気づく。もし、主人の言うように、誰も主人に気づかれずに外へ出られないとすれば、ニルソンを殺したのは泊り客の一人ということになる。ニュランダーは、主人の主張する内容は、警察向けの証言であり、ニルソンを殺した後、犯人が外へ出る方法はいくつもあると考える。

ベルイマンは更に息子から聞いた話を続ける。泊り客の中に、イヴァー・ヨハンソンという男がいた。ヨハンソンは、十時に、ニルソンの部屋をノックしたという。言い争う声がうるさいので文句を言いたかったからだという。そのとき、ニルソンの部屋ではラジオが鳴っていた。しかし、ニルソンはドアを開けず、

「分かった。」

と言っただけ。その後、部屋は静かになったとヨハンソンは言う。また主人は、ニルソンが九時に絆創膏を借りに来たと証言していた。しかし、翌日、ニルソンの死体が発見されたときには、絆創膏はどこにも貼られておらず、ラジオは鳴っていなかった。そして、鍵は中から差し込まれていたと主人は言う。

ルンドグレン、ニュランダー、ベルイマンの三人は、ニルソンが死んだ経緯に関する可能性を挙げていく。まず、外から何者かが、鍵穴を通じて、例えば針金などで、内側から鍵がかけられたように見せかけるように出来るか、という可能性について。それは不可能であるという結論になる。次に、合鍵の存在だが、数日前に別の泊り客が鍵を持って行ってしまって、五号室を開けられる鍵は、ニルソンの持っていた鍵以外になかったと、主人は証言していた。

更に、窓が検討された。ニルソンの部屋の窓は、裏庭に向いていた。そして、カーテンが開いていたが、窓の内側からか鍵が掛かっていた。窓の大きさは一メートル半四方で、十分に人が通れるが、窓の下にはぶら下がれるような突起はなく、三メートル半下の地面にはバラの植え込みがあり、窓から飛び降りた場合は、そこに落ちるはずであった。ドアと窓の他に、部屋からの出口はなかった。

ニュランダーの唱えた、事故死についての可能性も検討される。ニルソンが何かの形で頭を負傷し、その時は、意識があったが、数時間後病状が急変して、眼鏡を取ろうとしたか、あるいはドアに辿り着こうとして、途中で転び、ベッドで頭を打って死んだという可能性である。しかし、枕元には非常ボタンがあり、眼鏡はベッドのすぐ隣のテーブルの上にあった。ニュランダーの説には、無理があることが分かる。

ベルイマンは、次に、ワインと共に、チーズが訪問者に供されていたことを明らかにする。ゴミ箱の中に、赤い染みのついたホテルのタオルに包まれたチーズが発見されたというのだ。ワインの銘柄は「チアンティ」であった。ワインは開けられ、倒れていて、赤い水溜まり作っていたが、コルクは部屋で発見されていなかった。タオルの赤い染みは、ワインなのか血なのか、その時点で分かっていなかった。

ルンドグレンは「アクセル・ニルソン」という名前をどこかで聞いた事があると感じていたが、どこで聞いたか思い出す。ニルソンは、ルンドグレンの甥と一緒に海軍におり、除隊後、十年ほど前まで鉄道で働きだした。しかし、勤務中の飲酒でクビになり、甥のところ時々金を借りに来ていた。その後、ニルソンは断酒のための更生施設に入れられることになったが、彼は指定の時間に現れず、その後、行方をくらましていた。

三人の話は、ベルイマンの妻の帰宅で一度中断されたが、間もなく再開される。ベルイマンは、ニルソンの母を知っているという。彼女は、ベルイマンの経営する書店の掃除婦で、店の閉まった後、掃除に来ていた。彼女は一年ほど前に亡くなっている。もう十年以上前になるが、ベルイマンは店に掃除に来たニルソン夫人に会った。彼女は、元気がなく落ち込んだ様子。話しかけると、

「息子がアメリカに行ったので、自分は独りきりになってしまった。」

と語ったと。ところが、二年ほど経って、彼女は二歳くらいの女の子を連れて書店にやってきて、女の子に自分のことを「お祖母ちゃん」と呼ばせていた。ニルソン夫人の子供はふたりの息子だけ。その幼女が、一体どちらの息子の娘であるのかはベルイマンには分からなかった。

ニルソンは何故、おそらくは米国から、スウェーデンのこの街に戻って来たのか。何故、外出を控え、ホテルの部屋に閉じ籠るように暮らしていたのか。何故、ダブルの部屋を予約したのか。それらが疑問として挙げられる。

ルンドグレンは自説を述べる。彼は、ニルソンが足を引きずったり、丸い眼鏡を掛けたり、時代遅れの格好をしていることは、一種の変装ではないかと考える。ニルソンは、この街に来たものの、会いたくない人物がいた。その人物から隠れるために、安宿に籠り、変装をして出歩いていたというのだ。びっこをひくことで、他人の印象をそれに集中させ、他のことにたいする注目を避けることができると、ルンドグレンは言う。

更にルンドグレンの推理は続く。ホテルのニルソンの部屋には、もう一人の男が滞在していたとルンドグレンは考える。そして、その男は足が不自由であろうと予言する。健常者が障碍者の真似をする方が、障碍者が健常者の真似をするよりも簡単であるという理由からである。もし、誰かがもう一人の宿泊者を目撃しても、眼鏡をかけてびっこを引いておれば、誰もがそれをニルソンだと思うだろう。また五号室に合鍵がないことは、数日前にニルソンが変装なしで宿泊し、その際鍵を持って帰ったのだろうと推理する。もし、ニルソンに秘密の同居人がいたとすれば、それは誰なのか。ルンドグレンには、それに対しても答えを用意していた。

「メチルアルコール事件をまだ覚えていますか?」

と彼は残りのふたりに尋ねる。ベルイマンが郷土史の本を取り出し、その項を読み上げる。

「一九四六年に、密造された酒に、メチルアルコールが混入しているという事件があった。密造酒により、何人もが死亡し、何人もが視力を失った。警察は結局犯人を挙げることができなった。」

巷では、アクセル・ニルソンの兄、エドヴィン・ニルソンが犯人であるという噂が飛んだ。警察が彼の家を捜索したが、何も証拠になるものは発見されなかった。その後、エドヴィン・ニルソンは、忽然と街から姿を消した。アメリカへ行ったという噂が広まった。ルンドグレンは、弟のアクセルだけではなく、兄のエドヴィンも今回町に戻ってきており、もう一人の同居者は、エドヴィンでないかと推理する。

では、何故ふたりはアメリカから戻ったのか。ルンドグレンの推理は更に続く。一年前に亡くなった母親が、ふたりが戻ってくるように仕向けたというのだ。母親は貧乏で、取り立てて言うほどの遺産というものはなかったはず。しかし、息子には、

「私には遺産があるので、亡くなったら取りに来るように。」

という手紙を弁護士に託していた可能性が高い。その手紙を読んだ兄弟は、まず、町に居ても比較的安全なアクセルが街にやってきて、母親の死と、弁護士の元にある遺言状を確認。遺産を受け取るためにふたりで街にやってきた。過去の、メチルアルコール事件があるので、兄もエドヴィンはホテルの弟の部屋に隠れざるをえない。しかし、結果的に、母親には見るべき遺産が何もないことが分かり、ふたりは口論になった。そして、兄が弟殺害した、というのがルンドグレンの立てた仮説であった。

アクセルが最初に鍵を持って帰っても、宿の主人が直ぐに複製を作ることは考えられる。ふたりは、二週間近くペンションに滞在してことになるが、スウェーデンにいれば金もかかる、何を、ふたりは二週間も待ったのだろうか、ということがニュランダーからの、更なる疑問として挙げられた。

真夜中になり、ルンドグレンとベルイマンは疲れてきた。しかし、かつて夜勤に慣れていたせいか、ニュランダー元医師は、まだ元気そうである。

「アクセルは自分が死ぬことをもう予期していた。」

と、ルンドグレンが発した言葉が、またもやとベルイマンとニュランダーを驚かせた。アクセルは弁護士と交渉し、遺産がないことが分かった時点で、兄と諍いになることは、ニルソンには容易に予想できたはずだ。そして、米国からやって来るのに金を使い果たしているだろう兄から殺されることも予想できたのではないか、というのが、ルンドグレンの意見であった。

 次の疑問は、犯人はどのようにして脱出したのかということであった。ニルソンの部屋を引掛けようとしたとき、鍵は内側から差し込まれ、開けた時点で部屋の内側に落ちていた。二セットあった鍵は、一セット行方不明になり、客が間違って持って帰ったのではないか、と言うのが宿の主人の供述だった。ルンドグレンは、宿の主人に電話をする。最近、ダブルの部屋を借りた男がいなかったか尋ねる。主人のブロムは、一人の男が、妻が後から来るからと言ってダブルの部屋を借り、結局妻は都合が悪くなり男が独りで泊まったことがあったという。そして、その後、一セットの鍵が行方不明になったという。しかし、主人数日前に、物置で、なくなった鍵を発見していた。

 その日三人は、深夜十二時半までベルイマンの家に居て、その後、ルンドグレンとニュランダーは家路につく。ベルイマンも彼らを送っていく。ニュランダーは、殺人と決めつけるのは早すぎるが、もし、殺人なら、犯人は「完全犯罪」を狙っていると考える。そうならば、まず、ニルソンの人間関係を調べ、動機を明らかにすることが大切だとニュランダーは言う。基本的に、ニルソンにはこの街に知り合いはいないはずである。「娘」を除いては。ベルイマンの証言で、ニルソンには娘がいることが分かった。その娘の母親、再婚相手がいればその相手を洗い出す必要があるとふたりは考える。

 ニュランダーとルンドグレンは、ニュランダーの診療所に立ち寄る。そこで、ニュランダーは、かつて、ニルソンをアルコール中毒者更生施設に送ろうとしたときの書類を見つける。そして、そこに婚約者としてマリー・オールンドという女性の名前が挙がっていることを見つける。そして、マリーはうつ病で診療所を訪れていたことが分かる。ニルソンの娘の母親や、その再婚相手が事件に関与しているかも、とニュランダーは推理する。

 ベルイマンが、これから事件のあったペンションで試したいことがあると言い出す。深夜にも関わらず、三人はペンションに向かう。ルンドグレンが藪に隠れて裏口を見ていると、男が現れて、裏口を施錠した。主人のブロムだと思われる。その後、背の高い男が再び現れた。それはベルイマンだった。ベルイマンは、宿の主人に気づかれず、外に出ることができることを証明したのだった。ベルイマンは、ニルソンが義理の息子、つまり、マリー・オールンドの息子の訪問を受けていたのではないかと推理する。そして、その男は、藪の中に隠れてチャンスを待っていた。機会を得て中に入りニルソンを殺害し、外に出た。そのとき男は誰もいなかった隣の部屋の窓から飛び降りた。三メートルを超える高さから飛び降りて怪我をしなかったのは、カーテンレールか何かをつたったのでは、というのがベルイマンの更なる推理だった。ともかく、宿の主人に気づかれることなく、深夜ペンションに出入りできることは照明できたのである。

家に戻ったルンドグレンは、自分たちの推理を文書にまとめる。それを翌日、警察のグナー・ベルイマン宛に投函するつもりで。

 

第二部

 

カール・ベルイマンの息子で、刑事のグナーは、小さな子供を二人抱え、そこに妻がインフルエンザにかかり、四苦八苦していた。その最中、土曜日の昼に、部下のイヴェルドから電話が架かる。ペンションの客室で死体が発見されたという。グナーは子供たちの世話を、母親に頼んで、現場に駆け付ける。翌日、日曜日の午後、グナー子供たちを連れて。父親を訪れ、事件の話をする。グナーは、結果的にそれを後悔する。三人の老人たちが、事件に異常な興味を示し始めたからだ。グナーは、父親が日曜日の夜に、推理小説仲間と一緒に過ごしていることを快く思っていなかった。特に、彼はルンドグレンが好きになれなかった。しかも、日曜日の深夜、そのリンドグレンが、ホテルの裏庭の藪の中に隠れているのが発見される。数日後、グナーはリンドグレンから書類を受け取るが、笑って取り合わない。

事件当日に話を戻す。グナーは妻が体調を崩し、子供を抱えて大変なときに呼び出される。本来、殺人などの凶悪犯罪は彼の担当でないのだが、上司は休暇、もう一人の同僚も病欠で、自分が事件を担当せざるを得なかった。グナーが死体のある部屋に入ると、赤ワインが倒れていて、床の上の赤い水溜まりの中に死体が横たわっていた。宿帳によると、その男はアクセル・ニルソンという名前で、二週間前からこの部屋に泊まっていた。テーブルの上にはグラスが三つあり、窓は閉まっていた。ゴミ箱に赤い染みのついたタオルがあり、チーズがそれに包まれていた。グナーは、考えることは余り得意ではなかった。しかし、上司がいないので自分で考えるしかない。彼は、宿泊者のリストを取り寄せる。

二階には七つの客室があった。一階の客室は全部空であった。

四号室:女性教師のベトラ・セーダーストレーム

五号室:死んでいたアクセル・ニルソン

六号室:女性教師のシルヴィア・フルティヒ・オーロフソン

七号室:空き

八号室:商人のイヴァー・ヨハンソン

九号室:軍人のステン・レンクヴィスト軍曹

グナーは、他人が出入りするのは考えられない状況なので、はニルソンが酒に酔って転倒、その際ベッドの角で頭を打って死亡したのではないかと結論付ける。グナーは更に、掃除婦のスヴェンソン夫人と話をする。彼女はこれまで何度もニルソンの部屋を掃除していた。彼女は毎朝七時にペンションに来て鍵を開け、宿の中を掃除していた。彼女は、ニルソンの部屋には薬があって、彼が毎日欠かさず薬を飲んでいたようだと証言する。その他、特にニルソンの部屋で気づいたことはなかったと彼女は証言する。

 土曜日の午後六時。ホテルの泊り客や、関係者が召集される。死体は既に、検死のために運び去られていた。グナーは、先ず、同僚の警官たちを食堂に集める。彼は、ニルソンは事故死であるという自分の考えを述べる。

 次に、宿の主人のブロムが呼ばれる。グナーは何故、毎晩午前一時まで、客の出入りを監視していたのかとブロムに尋ねる。単に、泊り客の安全を思っていただけとブロムは答える。しかし、警察がペンション中を捜索していることを知って、ブロムはうろたえ始める。そして、裏庭の砂利の下に、警報装置が埋められていたことを発見され、ブロムのうろたえぶりの原因が分かる。彼は、ペンションを利用して、売春の斡旋と、酒の密売をしていたのであった。 

 その次に、女性教師の一人、シルヴィア・フルティヒ・オーロフソンが呼ばれる。彼女は細くて神経質そうな女性であった。彼女は同僚が昼から気分が悪くなり出発を日曜日に遅らせたが、同僚の気分が良くなったので、ふたりに映画を見に出かけたという。十一時頃宿に帰った後、同僚の様子を心配し、同僚の部屋にベッドのマットレスを持ち込み一緒に寝たと証言する。ふたりは夜遅くまで本の朗読をしていたという。

 次に呼ばれた女性教師のベトラ・セーダーストレームは、ロシアの円盤投げの選手のような体型をしていた。彼女は、同僚のシルヴィアの証言をほぼ裏付けるが、シルヴィアの朗読が耐えられなくなり、病気の振りをして寝ていたと言う。

 更に、証人のイヴァー・ヨハンソンが呼ばれる。土曜日の夜八時ごろ、彼はニルソンの部屋で、二人の男が言い争っているのを聞き、うるさいのでドアをノックした。十二時ごろに、ニルソンの部屋の前を通ると、ラジオが鳴っているのが聞こえた。午前に二時ごろ、誰かが泣いている声を聞いて、廊下に出た。その時、ニルソンの部屋のラジオは消えていたという。

 最後に、軍人のステン・レンクヴィストが呼ばれる。彼は、昨夜は風邪でずっと寝ていたと言う。そして、彼も、深夜に誰かが泣いている声を聞いていた。

 ふたりの目撃者が名乗り出る。庭の反対側の家に住んでいるカップルであった。二人は、二階のニルソンの泊まっていた部屋の窓と、その真下の窓が、十二時ごろに両方開いていたと証言する。階下の窓はブロムの部屋のものであった。

 夜遅く、鑑識のシスラーが現れる。彼は、ニルソンの部屋で、彼以外の男の指紋が見つかったという。そして、その指紋は前科者として、警察に登録されていた男のものだった。その男はアルゴット・エマヌエル・クロンルンド、通称クローナであった。

 月曜日、グナーは部下たちを集め、

「ニルソンは昔の仲間であるクローナを呼んで話をした。ニルソンはクローナの帰った午後二時ごろ、ラジオを消し、窓を閉めた後、酔って転倒し、頭を打って死亡した。」

ということで、捜査を収めようとする。しかし、部下の一人のグスタフソンが、

「どうしてふたりでワイン半分を飲んだだけで酔ったのか、二人で飲んだのなら、何故グラス三つあったのか。」

と疑問をはさみ始める。グナーは、検視官に電話をするがつながらない。

グナーの元に、ニルソンの身元を記載した書類が届く。それによると、ニルソンには、マリー・オールンドという女性の間にイヴォンヌという娘がいた。マリーは現在、イェラン・エリクソンという男性と結婚していた。グナーはエリクソンを訪ねる。エリクソンは妻とイヴォンヌは休暇で留守にしていると答える。また、イヴォンヌが自分の実の娘でないことも認める。エリクソンは、ニルソンがこの町に来ていることは知らないし、何故来たのか、理由も想像できないと言う。結局、エリクソンからは、何も情報を得ることができなかった。

部屋で指紋が見つかったことから、アルゴット・エマヌエル・クロンルンド、通称クローナが指名手配される。しかし、警察は三日間、クローナを見つけることができなかった。宿の主人のブロムが、売春の場所の提供、脅迫罪などで逮捕され、小学生が、自転車が盗まれたと届け出たくらいしか、動きがなかった。

捜査会議の席上、グスタフソンは、クローナがストラ・ヘーデという村の小学校を出ていることに注目する。クローナは子供の頃、そこに住んでいたのであれば、土地勘もあるはず。その近くの森の中の小屋に隠れている可能性が高いとグスタフソンは言う。

グスタフソンとグナーは翌日四十キロ離れたストラ・ヘーデに車で向かう。森の入り口で、ふたりは乗り捨てられた子供用の自転車を発見する。それは、数日前にニルソンの殺された町で盗難届の出ていたものであった。ふたりが森の中にある小屋へ入っていくと、クローナが眠っていた。ふたりは、クローナを署に連れ帰り、尋問を始める。

クローナはグナーの質問に対して、知らないと答える。クローナは、かつての飲み仲間で、外国から帰って来たニルソンと一緒に飲むつもりで、八時に彼の部屋を訪れたことまでは覚えていると言う。しかし、その後、ブラックアウトが起こり、クローナが一時的に記憶を失ったという。その点を検証するために、医者が呼ばれることになる。専門医は捉まらず、ニュランダーが呼ばれる。

クローナの話を総合すると、彼が、ノックの音で、午前二時ごろ正気に戻ると、ニルソンは顔に血を流して倒れていた。クローナは、その血をタオルでふき取り、タオルを洗った。また、三つのグラスを空にして、指紋を拭った。部屋には焼酎の瓶と、赤ワインの瓶があったが、クローナはカムフラージュのためにタオルと、ニルソンのシャツに赤ワインを掛けが。そして、残りの焼酎を飲み干し、瓶を窓から投げ捨てた。部屋を出て鍵を掛け、鍵は中庭に出てから、開いていた窓から投げ込んだという。

ニルソンの部屋の窓は、彼が居る間、ずっと開いたままだったという。また、ラジオは最初から最後まで点いていなかったという。クローナは、子供用の自転車を盗んだことは認めたが、ニルソンの殺害については一切を否定する。

ニュランダーが現れ、クローナを診断する。ニュランダーは、アルコール中毒による一時的な記憶喪失であると言う。ニュランダーは、

「クローナは犯人ではない。ワインはシアンティ・ルフィノであり、チーズは古いチーズだった。その出所を調べろ。」

そう言い残して、警察署を去って行く。クローナは警察の留置場で夜を明かすことになり、グナーは家に戻って眠る。

 グナーは翌朝、妻のケルスティンと話す。ケルスティンは、義理の父と、ルンドグレン、ニュランダーの書いている内容は一概に荒唐無稽なことばかりでないと話す。グナーが出勤すると、検死の報告書が届いていた。ニルソンの身体には、右耳の上のコイン大の内出血の他、外傷は見つからなかった。死因は脳内出血によるものであった。グナーは、自然死ということで報告書を書くように部下のグスタフソンに命じ、この事件の捜査を終わることにする。

 

<第三部>

 

 ニルソンの死から一週間後の日曜日の夜、ニュランダーは独りで自分のアパートに居た。ルンドグレンがインフルエンザに罹ったため、その夜の会合は中止になったのだ。ニュランダーにはニルソン殺しの犯人の目星がついていた。それどころか、彼はその人物と電話で話していた。彼は水曜日に、警察の誤りに気付き、それ以来、自分の推理を裏付ける証拠を集めていた。

 水曜日、ニュランダーは、グナー・ベルイマンの妻、ケルスティンの訪問を受けた。義父のカールと老人たちの書いた報告書読み、彼女はニルソンの死に対して、ある疑問を抱いていた。その点をケルスティンは、医師のニュランダーに説明し、彼の意見を聞きたいという。ケルスティンの疑問は、ニルソンの部屋にあった薬についてであった。

 ケルスティンの話を聞いたニュランダーは、ひとつの仮説に行き当たる。その中で、ニルソンの部屋で見つかったワイン、チーズ、薬の三つが、重要な役割を占めていた。ニュランダーはその出所を確かめるべく、行動を開始する・・・

 

 

<感想など>

 

今回、スウェーデン・ミステリー大賞を受賞した作家を読破するというプロジェクトの一環として、この「古いチーズ」を読んだ。一九七一年の作品であり、ウルフ・ドゥルリング(1940年−)の推理小説としてのデビュー作である。ウルフ・ドゥルリングの本業は医者であった。精神科医として活躍し、後年は病院長も歴任している。この作品の中でも、医学、薬学に関する知識が活用されている。

アガサ・クリスティーの流れを受け継ぐ、トリックに徹した、古典的な推理小説である。古典的な推理小説を狙っている点を、ストーリーの中で、読者に公言しているのがよい。最初のシーンは、ルンドグレン、ベルイマン、ニュランダーという三人の老人が、三人で結成した「推理小説研究会」で話し始めるところである。そこで、三人のお好みの作家として、以下の名前が挙げられている。

l  Freeman Wills Crofts / フリーマン・ウィルス・クロフツ 1879-1957年、アイルランド生まれの英国の推理作家。リアリズムを重視した一連の推理小説で知られる。

l  Cyril Hare / シリル・ヘイル 1900年‐1958年、英国の推理小説作家。判事でもある。

l  Margery Allingham / マージェリー・アリンガム、1904年‐1966年、英国の女性推理作家。文学性に富んだ作品で有名。 

l  Josephine Tey / ジョセフィン・テイ1896 - 1952年、スコットランド出身の英国の女性推理作家。

l  Vic Suneson / ヴィク・スネソン 1911-1975年、スウェーデンの推理作家。1960年に「シャーロック賞」を受賞。 

l  Ellery Queen / エラリー・クイーン、米国のふたりの推理作家フレデリックフレデリック・ダネイ(Frederic Dannay1905-1982年)とマンフレッド・ベニントン・リー(Manfred Bennington Lee1905-1971年)が探偵小説を書くために用いた筆名の一つである。エラリー・クイーンは小説の中に登場する探偵の名前でもある。

l  John Dickson Carr / ジョン・ディクスン・カー、1906年‐1977年、米国の推理作家。密室殺人を扱った作品で有名。

l  Patricia Highsmith /  Patricia Highsmith1921-1995年、米国の作家。ミステリーで有名になるが、本人はそれが不本意だった。

l  John Bingham / ジョン・ビンガム、1908-1988年、英国の作家。元MI5のスパイだった。

l  Raymond Chandler / レイモンド・チャンドラー、1888-1959年、米国の脚本家、作家。 「大いなる眠り」(1939)「さらば愛しき女よ」(1940)、「長いお別れ」(1953)は傑作とされる。

l  Ross Macdonald / ロス・マクドナルド、1915-1983年、米国の推理作家。ハードボイルドで名を挙げる。

この他に、アガサ・クリスティー、コナン・ドイルなどの名前が挙がっている。

古典的な、トリックの解明に徹した作品であることは先にも書いた。推理小説のファンである語り手が、既存の推理小説の手法を踏みながら、読者にそれを提示しつつ、話を進めていくというのが新しいと言えば新しい。

三部に分かれているが、それぞれ、別の人間が一人称「私」で語っている。ややこしくなるので、ストーリー紹介では三人称にさせてもらった。最初、「私」が誰であるか突き止めるのに、読者は少し苦労をする。第一部の語り手はルンドグレン。事件を「密室殺人事件」と決めつけ、推理小説のファンらしく、えらく凝った解釈を加える。彼の推理は、ちょっと荒唐無稽と言える。第二部の語り手は、ベルイマンの息子で、刑事のグナーである。上司が休暇や病欠で事件を任されたグナーだが、自然死ということで、何とか早く事件の幕を引こうとする。第三部の語り手は医者のニュランダーである。彼が一番論理的かつ、現実的な視点で事件を観察し、真実へと導いていく。

古いタイプの推理小説であることを作者自体が公言し、その「お約束」従って、話題が提示されていく。一世代前の小説であることを感じされるのが、一章が長いという点。短い転換で、テンポよく読ませる現代の構成に慣れていると、戸惑う。昔の人は、本を読んでいても辛抱強かったと思う。

作者のウルフ・ドゥルリングであるが、精神科の医者であり、オーケストラで楽器を演奏、それに加え、犯罪小説の執筆まで手を染めたという多才な人である。こういう人、今百パーセント近い確率で言えるのは、自分で犯罪小説を書き始める前、自身が熱狂的な犯罪小説のファンであったことである。彼の文体自体や構成は、どう考えてもアガサ・クリスティーと似ている。三人の老人のお気に入りの推理作家として、数人の作家の名前が挙げられている。その作家は、とりも直さず、ウルフ・ドゥルリング自身のお気に入りと考えてよいだろう。

タイトルの意味だが、死んだニルソンの部屋で発見されたイタリア産のワインと古いチーズが事件を解決する鍵のひとつとなる。従って、スウェーデン語の原題は、「古いチーズ」。ドイツ語の「食事の後は休みましょう」は、ニルソンの死体が発見された時、ワインとチーズが部屋にあったことによる。彼は誰かと、何らかの形で「飲み会」、「食事」をしていたのだ。その後、彼は死んでしまった。「休んで」しまったのである。どちらの題を見ても、チーズとワインが重要な役割を果たしていることが分かる。

トリックに徹しており、人間模様を描いた小説の好きな私好みではない。しかし、そのトリックの「冴え」はなかなかのものである。これが一九七〇年代の平均的な犯罪小説とすると、同じ時期に、当時としては「超斬新」な「マルティン・ベック」シリーズを書いた、シューヴァル/ヴァールーの偉大さに改めて脱帽してしまう。

この作家の作品で、ドイツ語での翻訳が手に入るのはこの一冊のみ。他の作品は読みようがないのが残念である。

 

20191月)

 

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