「ミステリオーソ」

原題、ドイツ語題共:Misterioso

1999

 

 

<はじめに>

 

スウェーデンのみならず、ヨーロッパのミステリー界にセンセーションを巻き起こしたアルネ・ダールのミステリー挑戦第一作。音楽をミステリーに絡めるところなど、斬新である。

 

 

<ストーリー>

 

田舎の銀行の支店。一人で出勤し、開店前の準備をしている銀行員の男がいる。一通りの準備を終えた彼は、休憩室で、ダーツの練習を始める。そのとき、ひとりの覆面をした男が銀行に入って来る。男は、ピストルを突き付け、金を鞄に詰めるように命じる。銀行員は、男の隙を見て、手に持っていたダーツの矢を、男の眼目掛けて投げる。

ストックホルム警察の警察官パウル・ヒェルムは、緊急の呼び出しを受ける。移民局に、ライフルを持った男が人質を取って籠っているという。彼は現場へ駆け付ける。移民局の職員によると、中にいる男は、コソボ出身のアルバニア人で、スウェーデンへの亡命申請が認められず、強制送還という措置を受け、それを恨んでライフルを持って移民局に押し掛けたという。特殊部隊の出動が要請されていたが、到着には数十分かかるようだった。ヒェルムは、拳銃を背中に指し、単身、男の立て籠る階に上っていく。彼は、自分が武器を持っていないと言って、部屋に入り男と会い、隙を見て、男の肩を撃つ。男は逮捕される。

事件の後、ヒェルムは、警察の内部調査班に呼ばれる。応援の到着を待たず、単独で銃を持った容疑者と対峙し、武器を持っていないと言って油断させ、容疑者を負傷させた彼の行動は、警察官の行動規定に反するものだという。ヒェルムは、

「特殊部隊が突入したら、確実に男は殺されていた。自分は、男と彼の家族を助けるためにやったのだ。」

と自分の行動を正当化する。

ヒェルムが停職処分を覚悟しているとき、一人の男が彼を訪れる。その男は警視、ヤン・オロフ・フルティンと名乗り、ヒェルムを自分の担当する新しい班に、引き入れたいと言う。そのとき、スウェーデンでは、同一犯人によるものと思われる、連続殺人事件が起こっていた。ふたりの被害者、クノ・ダグフェルトとベルンハルト・ストランド‐ユレンは、スウェーデン経済界のトップに君臨する人物だった。その捜査のため、特別捜査班「Aグループ」の結成が決定され、フルティンがリーダーに任命された。フルティンは、メンバーを集めているところだった。選ばれたメンバーは、ヒェルムの他に、ケルスティン・ホルム、ヴィッゴ・ノランダー、グナー・ニュベリ、アルト・スーダーステッド、ホルヘ・チャベスだった。ケルスティンが唯一の女性。各メンバーは、皆違う場所の違う部署からピックアップされていた。

翌日、「Aグループ」最初のミーティングが開かれる。殺された二人は、二発ずつ銃弾を受けていた。壁に食い込んだ銃弾は、その後、ピンセットのようなもので丁寧に取り去られていた。「Aグループ」のメンバーは二人の犠牲者に共通する部分を探す。そして、二人が同じヨット倶楽部とゴルフ倶楽部に属していたことを知る。

ヒェルムはヨット倶楽部を訪れる。そこで、ダグフェルトとユレンは、金髪の見た目の良い若い男性を乗組員として集めて、航海していたことを知る。ヒェルムは、それに参加していたヨット倶楽部のメンバーに、リカルド・フレンセンという男がいるのを知る。フレンセンは元裁判官だった。次のターゲットはフレンセンである可能性が強いと見たヒェルムは、「Aグループ」のメンバーにフレンセンの家を見張るよう要請する。「Aグループ」が待ち受ける中、夜中にフレンセンの屋敷に侵入する男がいた。警察がその男を取り押さえる。しかし、それはフレンセンの息子だった。

その夜、「Aグループ」がフレンセンを見張っている間に、別の人間が殺される。ニルス‐エミル・カールベリアであった。彼も経済界の重鎮で会った。これまで、発射された銃弾は犯人によって持ち去られていたが、今回は、一発の銃弾が壁に食い込んだまま残っていた。弾丸の分析の結果、それは質の悪いもので、旧ソ連のカザフスタンで製造され、ソ連の崩壊とともに、大量の弾薬がロシア、エストニア等のマフィアに流れたということであった。スウェーデンで活動する、エストニアのマフィアがあり、その組織は「ヴィクトールX」と呼ばれていた。旧ソ連で使われた弾丸から、「Aグループ」は、今回の連続殺人がエストニアのマフィアと関連があると推理する。

ノランダーがエストニアのタリンに向かう。彼は、エストニアの警察が目をつけている「ヴィクトールX」のメンバーを尾行するが、逆に尾行され、古い倉庫におびき出されてしまう。彼は、両手両足を釘で床に打ち付けられる。彼は手に紙を握らされる。そこには、

「我々の組織はスウェーデンでの連続殺人事件とは無関係だ。」

という声明が書かれていた。

四人目の犠牲者が出る。エナー・ブランドベリという、元国会議員であった。帰って来た娘が家に入ると、ジャズが鳴っていた。犯人が持ち込んだものと思われた。カセットテープに入っていた曲は、米国のモンク・カルテットが演奏する「ミステリオーソ」のライブ録音盤であった。ホルヘの友人で、ジャズの専門家アルベルトによると、その「ミステリオーソ」の録音は特殊なもので、一度もレコードやCDで発売されたことがないという。そして、アルベルトは、十年以上前に、あるテープの所有者から、買わないかと持ち掛けられたことがあった。その男は、アメリカ人のサキソフォン奏者ジムだった。ヒェルムはジムを訪れる。ヒェルムは、ジムがテープのコピーを売った客のリストを得て、ホルムとふたりで順番に回る。一軒の飲み屋で、借金の肩にミステリオーソのテープを持って行かれたという経営者がいた。ヒェルムは、その店で売られているウォッカが、エストニア産のものを水で割ったものだと知る。経営者に突き詰めると、酒は「イゴール&イゴール」と呼ばれる、ふたりのロシア人から買った密輸酒で、彼等が、カセットテープを持って行ったという。

更に一軒の店で、ミステリオーソを客のリクエストで流しているとき、トラブルが起こったという。銀行から金を借り、破産を宣告された一人の客が急に怒り出し、ダーツをしていた銀行員の客に殴りかかったという。そして、殴られた男は、

「自分はこの仕打ちを受けるにふさわしい。」

と言って、黙って帰って行ったという・・・

 

 

<感想など>

 

 ヘニング・マンケルの出現まで、推理小説は「伏線」を張ることが常識だった。一見無駄に見える行為、また、一見本筋と関係のない出来事が、最後に意味を持ち、事件の解決に結びついていた。この常識を覆したのがマンケルである。

「一見事件と関係のありそうな出来事が結局事件と関係なく、それまで綿々と続けられた努力が結局徒労だった。」

そんな結末の、マンケルの第一作「顔のない殺人者」には、あっと言わされた。肩透かしを食ったような気がしたが、それが物語に大きなリアリティーを与えていることも事実だった。アルネ・ダールのこの作品も、マンケルの「壮大な徒労」の伝統を受け継いでいる。警察が最初に追っていた筋が結局は事件と関係なく、意外なところに事件の源があったという展開。最初の筋を追ってエストニアまで行き、磔(はりつけ)にまでされたノランダーが可哀そうなくらい。

 アルネ・ダールは、後年、この「Aグループ」シリーズを十作と決めて開始したと言っている。シューヴァル/ヴァールーの「マルティン・ベック」シリーズが十作なのに習ったと彼は述べている。ダールは本名のヤン・アーナルド名義で、既に一九九〇年代の初めから純文学の小説を発表していた。それである程度成功した後、犯罪小説に挑戦したわけである。一九九九年に初めての犯罪小説であるこの作品を発表したとき、アルネ・ダールというペン・ネームを初めて使った。犯罪小説で人気が出てからも、純文学の作品も並行して発表しており、その点も、ヘニング・マンケルと似ている。そして、その作品の質も、マンケルと同じように高く、粒ぞろいである。

 実は、「Aグループ」シリーズ、私は先ずテレビ映画化されたものを十作全部見てから、原作を読み始めた。登場人物など、テレビの俳優の顔を当てはめながら読んだわけだ。テレビと原作の最大の違いは、「Aグループ」のリーダーであるフルティンが、原作では男性であるが、テレビでは女性である点。読み始めてフルティンが登場、「本来は」男性であったので驚いた。

 「ミステリオーソ」とは、米国のジャスバンド、テロニオス・モンク・カルテットが一九五八年に録音、発売した曲である。この曲が、「Aグループ」を犯人に導くことになる。どんな曲であるかは、作品の中で何度か語られている。しかし、もちろん、音楽を文字で表すのは不可能である。YouTubeでこの曲を聞いてみたが、実にシンプル。ジャズは聞かない私だが、気に入った。音楽をミステリーの中に取り込んだというのも斬新である。

 テレビシリーズでは、ケルスティン・ホルムがタイトルバックでも一番で登場し、ほぼ主人公的な役割を演じているが、原作は明らかにパウル・ヒェルムの言動を中心にストーリーが展開され、彼が主人公的な役割を演じている。

 一言で表現すると、この作品は「職人の作った職人芸」ということが出来るだろうか。隅々まで心と目が行き届いていて、読者に満足感を与えてくれる。

 

20202月)

 

アルネダールページ