「七引く一」

ドイツ語題:Sieben Minus Eins

原題:Utmarker(郊外)

2016年)

 

 

<はじめに>

 

スウェーデン犯罪小説界のエースと見なされるアルネ・ダール(本名のヤン・アーノルドとしてもよく知られている)が発表した新シリーズの第一作であり。連続少女失踪事件、刑事サム・バリアーは、それが犯人から自分への挑戦状であることを知っていた。

 

 

<ストーリー>

 

人里離れた場所にあるボートハウス。そこで男は復讐を誓う。

「目には目を。」

 

警視サム・ベリアーと同僚の女性刑事デズィーレ・ローゼンクヴィストは、他の四人刑事とともに、激しい雨の中、人里離れた家に向かっている。その家の入り口を開けるとき、ひとりの刑事が倒れた。ナイフが飛び出す仕掛けが作られており、ナイフが彼の肩に突き刺さったのだ。倒れた同僚を介護するに人間に渡し、残りの五人は家に入る。家の中は片付いていた。台所の冷蔵庫の後ろで、壁のペンキの色が違っている。冷蔵庫を動かすと、そこに隠し扉があった。その扉を開けると、地下に降りる階段になっていた。四人は階段を降りて、地下室に入って行く。地下は廊下が錯綜して迷路のようになっていた。そして、そこには排泄物と血の臭いが充満していた。しかし、死体はない。四人の刑事たちは、地下室の壁の一部の色が変わっているのを見つける。その壁を叩くと、後ろが空間になっているようだ。四人がその壁を打ち砕くと、中に更に部屋があり、その床には血がこぼれていて、排泄物の入ったバケツが異臭を放っていた。その血は数日前のもののように思われた。今回も、警察官が現場に到着するのが遅すぎたのである。サムはそこで、小さな歯車を見つける。

三週間前、学校の近くで、十五歳の女子高生エレン・サヴィンガーが何者かつ連れ去られ、姿を消していた。サムは地下室に閉じ込められていたのが、その少女であると確信していた。ここ二年間で、既に二人の、どれも十五歳の少女が行方不明になり、発見されていなかった。サムはそれを「連続誘拐殺人事件」として捉えていた。しかし、彼の上司、アラン・グドムンドソンは、サムと全く違った考えであった。スウェーデンでは一年に何百人もの若者が自らの意思で家を出て、行方をくらませている。三人の女性が行方不明になっているのは偶然にすぎないというのである。アランはサムに捜査の中止を命じ、従わなければ停職にすると警告する。

しかし、サムは上司の警告を無視して捜査を続ける。サムたちが、その家に向かったのは、女性から、行方不明になっている少女とよく似た少女を、その家で見たという電話通報があったからであった。しかし、その名前の女性は、現在は海外に居ること、また、声自体が肉声でなく加工されているものであることが分かった。しかし、オリジナルの声も女性であることが分かる。つまり、女性の関与が明らかになってきた。通報があって、サムたちが突入した家は、二年前にエリク・ヨハンソンと名乗る男が、買っていた。ヨハンソンに家を仲介した不動産屋は、ヨハンソンが国外にいると言ったので、すべてEメールで処理をし、ヨハンソンには直接会っていなかった。

サムは、血の流れていた地下室の壁は最近塗られたものであることに気付く。深夜、再びその家に戻ったサムは、地下室の壁を破壊する。はたして、その下には別の壁があり、そこに鉄の輪がはめ込まれていた。また、血液検査の結果、地下室の床にこぼれていた血は、誘拐されたエレン・サヴィンガーのものであることが判明した。しかし、その量は三十デシリットルで、失血で死亡するには少なすぎる量であった。

女性の関与が明らかになったことを知ったサムは、一年前、二年前、今回と、十五歳の少女の失踪した事件の、現場写真を見る。そして、そこに必ず写っている、少し上向きの鼻を持った金髪女性を発見する。彼女はいつも自転車に乗っていた。彼は、その女性こそ事件の鍵を握る人物と判断して、草の根を分けても探し出そうと決心する。彼は、女性が写真に写っていた当日の取材ビデオをテレビ局から提出させる。ひとつのテレビ局の、放送されなかった部分に彼女は写っていた。それどころか、彼女はインタビューまで受けていた。インタビューの中で彼女は名前を尋ねられ、一瞬ためらった後、「ナタリー・フレデン」と答えていた。ストックホルムには、三人のナタリー・フレデンという名前の女性が住んでいた。ひとりは幼児、ひとりは小学生、最後のひとりは三十五歳であった。サムはその三十五歳の女性のアパートを張り込む。サムがアパートに入って間もなく、その家の住人が戻って来る。サムは彼女を重要参考人として警察に連行する。

サムはナタリー・フレデンの尋問を始める。彼女は、祖父の遺産と家を引き継いで、それで暮らしていると述べる。また、彼女は、少女時代に精神科の病院に入り、数年前に退院してきたと言う。そして、チャールズ・リンドベリという男と知り合い、その男に自転車を買ってもらい、彼の指示に従って行動したと話す。その指示とは、警察が捜索している場所に行って、それを見ることだったと言う。捜査会議の際、トイレに行くと言って出て行った上司が、雨に濡れて戻ってきた。実際は外で煙草を吸っていたのだ。サムは、そのことから、フレデンが逮捕されたとき、外は雨が降っていたのに、衣服が全然濡れていなかったことに気づく。彼女はアパートの別の部屋に隠れ、警察の来るのを待っていたのだ。

サムは深夜、ある老婦人から電話を受ける。彼女は、ナタリー・フレデンが通っていた学校でカウンセラーをしていた。彼女は、ナタリーが自殺していたことを告げる。逮捕された女性は、ナタリーのアイデンティティーを盗んでいたのであった。

「おまえは誰だ。」

という問いに対して、フレデンを名乗っていた女性は、

「私がだれか、あなたはきっと知りたくないわ。」

と答えをはぐらかせる。

彼女が、治安警察の覆面捜査官でないかと疑ったサムは、同僚のカターに、フレデンを名乗る女性の顔写真から、保安警察のメンバーを探し出すことを依頼する。カターは、モリー・ブロムという女性捜査官を見つける。彼女の顔は、フレデンを名乗る女性と酷似していた。サムはモリー・ブロムの住所へ向かう。そして、彼女のアパートに侵入する。そこへ、ふたりの男が駆けつける。サムはふたりに殴り倒され、気を失う。

意識を取り戻したサムは、手足を縛られた自分が、何と警察の取調室にいることに気づく。そして、前に座っているのは、ナタリー・フレデンならぬ、治安警察捜査官のモリー・ブロムであった。彼女は、サムの過去を調べ上げていた。治安警察は、サムこそ連続誘拐殺人事件の犯人であること確信していた。これまで現場では、必ず小さな歯車が見つかっていた。それは時計の歯車であった。古い時計の修理を趣味とするサムは、古いロレックスを六つ持っているはずだった。しかし、サムの家では五つしか見つからず、現場で発見された歯車は、消えたロレックスのものであった。治安警察は、サムが現場に自分の存在を暗示するものとして、歯車を残したと考えていた。サムは、その時計は盗まれたものだと主張する。

また治安警察は、動機も推測していた。サムは前のパートナーと、二人の双子の男の子、マルクスとオスカーを設けた。しかし、その後、パートナーの女性は別の男と外国で暮らすことになり、息子たちを連れてスウェーデンを去った。サムは息子とは二年以上も会えない状態である。その結果、女性に対する恨みを持ち、それを晴らすために、少女を誘拐、殺害したというのが、治安警察の推理であった。

治安警察の推理のもうひとつの根拠は、サムの行動を見ると、犯人でないと知りえないような情報に基づいているという点であった。サムは、最近のエレンの失踪事件が起こる以前に、前のふたりの失踪事件の調書を地元警察から取り寄せていた。あたかも、エレンの事件を予期していたように。

モリーはサムに、これまでの治安警察の捜査結果を説明する。行方不明になっている十五歳の少女は、二年前に行方不明にアイシャ・パシャシを最初に、全部で七人であるという。最初のふたりが、モスレムの家族の娘であったため、「イスラム国」に身を投じるための出国と見なされ、初動捜査が遅れたのだという。治安警察は、サムを誘き出すために、モリーを現場に派遣する等の策を弄していたという。

サムは自分には犯人に心当たりがある、その直感に基づいて捜査をしていると述べる。また、エレンの前に行方不明になっていたふたりの少女の部屋でも、時計の歯車が見つかったという。サムには犯人の心当たり、それはヴィリアム・ラーションというサムの高校の同級生である。モリーも偶然同じ高校に通っており、一年下であったので、ヴィリアムのことは知っていた。

尋問を続けるうちに、モリーは、サムが犯人でないことを確信し始めるが、彼女の上司、アウグスト・スティーンは、サムを犯人に仕立て上げた上での事件の幕引きを図る。モリーは、サムを警察署から連れ出す。ふたりは、独自に捜査を続けることにする。

サムの高校時代への回想が始まる。ヴィリアムは、顔に奇形を持った少年であった。彼はそれ故に、転校してきた後、数々のいじめに遭う。サムはその中で、唯一人ヴィリアムと交流のあった人間であった。初雪が降った日、ヴィリアムは校庭でサムに歯車で動く骨董品の時計を見せる。それは、ヴィリアムが壊れた時計を買って来て、自分で修理したものであった。その時、雪玉がヴィリアムに命中する。時計は地面に落ち、蓋が開き、歯車は雪の上に飛び散る。その雪玉を投げたのは一年下の女子生徒のグループだった。その中にモリーもいた。

ヴィリアムはサムをボートハウスに案内する。そのボートハウスに、ヴィリアムは、時計台にあるような精巧な時計を組み上げていた。夏休みの始まる前日、サムはヴィリアムをいじめるグループのリーダーであるアントンに呼ばれる。アントンはサムをボートハウスに連れて行く。そこには、ヴィリアムが下半身を裸にされた状態で縛り付けられていた。アントンは濡れタオルをサムに渡し、ヴィリアムの下半身を鞭打つように強制する。抵抗できないサムは、ヴィリアムを打つ。

モリーも自らの少女時代を回想する。彼女は高校時代、極めて優秀な生徒であった。演劇を志した彼女は、卒業と同時に演劇アカデミーに最年少のメンバーとして参加する。そして、そこで未来を嘱望された存在となる。しかし、「正義を実行する」というもうひとつの自分の使命に目覚めた彼女は、警察官になる道を歩む。同じく極めて優秀な成績で警察学校を卒業した彼女は、元女優という経験から、治安警察の覆面捜査官になることを勧められる。そして、そこで、覆面捜査官として、色々な役割を演じることになる。

警察署から抜け出したサムとモリーのふたりは、ボートハウスを隠れ家に使うことにする。そして、かつての同級生、ヴィリアムの追跡を始める・・・

 

<感想など>

 

ヤン・アーナルドは、一九六三年生まれである。文芸評論家でもあり、ノーベル文学賞選考委員会の一員も務めている。彼は、一九九八年より、アルネ・ダールトいうペンネームで、犯罪小説のシリーズを刊行している。彼は「Aグループ」、スウェーデン警察の特殊捜査班を主人公にしたシリーズを二〇一五年まで、十一作発表した。この本は、サム・ベリアーとモリー・ブロムが主人公となる新しいシリーズの第一作である。この作品の原題「Utmarker」は「郊外」という意味。人里離れた、ストックホルム郊外の別荘から始まる物語である。ドイツ語題の「七引く一」は、七人の少女の失踪事件と、そのうちひとつが別の意味を持つことを示す。

高校生の頃、身体の障害ゆえに、理不尽で陰湿ないじめを受けた男の、復讐の物語である。その男が犯人であることは、物語のちょうど真ん中辺りで分かってしまう。もう、どんでん返しはない。高度な知能を持ち、周到な計画を練った犯人に対し、それを追うサムとモリーのコンビの追跡劇が描かれる。犯人のヴィリアムは、時計の修理を趣味としている。修理だけではない。自分で時計を組み上げることができる。その時計の歯車のように、数々の要素が、正確に絡み合ってひとつの目的に向かって動いていく。

犯行現場に残された全ての物が、犯人からのメッセージである。サムとモリーはそのメッセージを紐解いていく。しかし、サム、モリー以外の人間はそのメッセージを解読することができない。ヴィリアム、サム、モリーは同じ時期に同じ高校に通っていた。そのときの記憶が、犯人からのメッセージを解く鍵となるからである。

この本を読んで誰もが感じることは、

「学校時代に虐められたことに対して、普通そこまで復讐するか?」

という点であろう。虐めは悪いことである。しかも、身体に障害を持つ弱者に対する虐めは陰湿な行動である。しかし、当時は皆十五歳。子供なのである。そのときにされたことに対して、二十年近く経ってから、これだけ壮大な計画を立てて復讐するというのは、いくら何でもちょっと考え難い。

 それと、

「刑事警察と治安警察は協力しないの?」

という点。サムの属する警察の凶悪犯罪課はナタリー・フレデン、つまりモリーのことを犯人だと考えて彼女を逮捕した。モリーは、治安警察の覆面捜査員である。一方、治安警察は、サムを犯人であると考えて追っている。いくら何でも、同じ警察署内で働いているのだから、もうちょっと協力してもいいのではないかと思う。

 しかし、以上のような不自然さを補って余りある迫力と、説得力がこの物語にはある。現在、時計はほとんどデジタルであるが、ほんの五十年くらい前からは、全てがメカで動いていた。腕時計というあの小さな空間の中に、数々の極めて小さな歯車やばねが組み合わさって、時間を刻んでいたのである。その「時計」がこの物語の底流にある。サムの趣味は、古い時計の修理である。彼は、それを高校時代、同級生のヴィリアムから学んだ。犯人のヴィリアムが、その時計の歯車のように、様々な出来事の実現を予測し、それを巧みに組み合わせ、ひとつの方向に持って行こうとしている。その時計の中の機械仕掛けのような、精巧さ、まさに「カチカチ」と時を刻むような切迫した様子が読者に迫って来る。

 

201611月)

 

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