朝から何でも

 

夏はナスの漬物があっさりとして美味しい。

 

生母の家に戻り夕食。缶ビールを一本飲んだだけなのに、めちゃくちゃ眠くなる。それでも福岡の姉に電話を入れる。姉は留守で「年下の兄」のミツノリが出た。彼としばらく話す。その辺りまでは記憶にあるのだが、その後はどうやって布団に入って、どうやって眠ったのかさっぱり記憶にない。気がつくと翌朝になっていた。

金曜日、やっと時差ボケが治ったのか、朝起きてかなり気分がスッキリしている。しかし、明日にはロンドンに戻らねばならない。そしたらまたそこで時差ボケ。

朝六時ごろからまた鴨川まで散歩に行く。曇っていて湿度は高いが、気温は昨日ほど高くない。生母が朝から冷し中華を作ってくれた。母は朝からそれこそトンカツでもカレーでも何でも食べる人で、僕もその血を引いていて、朝からラーメンでも冷し中華でも焼きそばでも何でも入る。そもそも、朝食に時々ラーメンを作り出したのは生母なのだ。

九時に実家へ行き、継母に頼まれた仕事を片付ける。

「入院が長引いてお金とか大丈夫?」

と継母に聞くと、母は、通帳とか財産目録を見せてくれた。入院は急だったのだが、そこは几帳面な性格の父、全てが前から分かっていたように準備されていた。お金の心配はなさそうだ。

十時半、雨が降り出したが、それほどひどくないので、自転車で病院へ行く。今日は姪のカサネと、従姉妹のサチコとタエコが見舞いに来る予定になっている。カサネは妊娠九ヶ月で、八月の初旬が予定日、今日から産休だという。

十一時過ぎに、病院の廊下にいると、エレベーターのドアが開いて、カサネが現れた。妊娠したら顔つきが変わるのだろうか、一瞬誰だか分からなかった。九ヶ月なので、細身の彼女だが立派なお腹をしている。カサネを病室に通し、父と三人で話す。僕は毎日父と話しているので、父の言うことが完璧に理解できるが、カサネには時々「通訳」が必要だ。

看護婦が入ってきてカサネを見て、

「この方、息子さん(つまり僕)の奥様ですか。」

と聞いている。前にもこういうことがあった。カサネがふくれている。昼前に彼女は、僕の生母に会うと言って病室を出て行った。

父の昼食のお付き合いをする。食欲は益々旺盛だ。父の肺炎はむせた拍子に食物が肺に入り、それが炎症を起こしたもので、とにかく、見ている者は父がむせないように注意しなくてはならない。

「ゆっくり食べてね。」

「口の中が完全に空になってから次を口に入れてね。」

と父に繰り返す。全部平らげて、ちょっと物足りなそう。父が食べているのを見ていると僕も腹が減ってきた。普段は昼食を取らない僕だが、父の食事が終わってから病院の向かいの蕎麦屋へいき天ぷらそばを食べる。

 

中華料理屋で飲んだ、沖縄の泡盛。芳醇な味で美味しい。安いし。

 

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