土曜日の午前中

 

週末の病院。ひっそりとしている。

 

今日は土曜日、マユミと子供達がコルシカ島に発つ日だ。ギリシアの島々はかなり回ったので想像がつくが、コルシカ島がどんな所なのだか、全然ピンと来ない。ギリシアのエーゲ海と同じように、海のきれいな場所らしいが。

午前中、父は排便の時間があったり、寝たまま髪を洗ってもらったり。ベッドに寝たまま髪を洗うなんてちょっと信じられないが、空気で膨らませた滑り台みたいな器具を使って実に見事に行われる。僕は感心してそれを見ている。

土曜日は看護婦さんも少しは暇なのか、話しかけても気軽に応じてくれる。それで看護婦さんたちと結構世間話をする。看護婦のNさんは熊本の天草郡の本渡の出身だという。僕の友人が本渡の隣の苓北町に住んでいるので、何度か訪れたことのある場所だ。ローカルネタでNさんと話がはずむ。しかし、ここの病院でも、看護人の人手が足りないようだ。父は一度「部屋が満員」ということで入院を断られそうになったらしいが、実は部屋は沢山空いている。人員が揃わないので、その部屋が使えないというのが事情らしい。

点滴が落ちなくなったので、ブザーを押して、看護婦に来てもらう。父の腕を見ると、点滴の針の痕だらけ。もう針を刺す場所が無い。父はずっと病院で寝ており、毎日同じ日課だからか、短期的な記憶が少し衰えているようだ。時間が経つのが遅いのだろう。

「モトヒロ、今何時や?」

と時間をよく聞く。よく見舞いに来てもらう従兄弟のFさんが、

「叔父さんはいつも時間ばかり聞く。」

と言っていたのを思い出す。

「おまえのいる間はいいけど、帰った後のことを考えるとぞっとする。」

と父が言う。僕も同じ考え。でも、僕が着いたばかりのときに、もう帰る日の心配をするのが父らしい。

父は冷房が嫌いなので、部屋には冷房が入っていない。暑いのは暑いが、不思議に圧迫感がなく、快い暑さである。ベッドの傍の椅子で本を読んでいるとこっくりこっくりしてしまう。

 廊下でカタカタという音がする。正午前、食事の時間らしい。

「今日はカワイさん、良い知らせがあるよ。」

と看護婦のNさんがニコニコ顔で言う。

「今日からまともなお食事です。」

これまで、ゼリー状の「嚥下食」だったが、初めてまともな食事が来るらしい。食物を飲み込むのに難のある父のためにどれもミキサーで潰してはあるが、一応主食、副食で五品ついている。潰してあるので、それが元々何であったか、想像することは困難だが。

「慌てんと、ゆっくりゆっくり食べるんやで。」

と父に言う。

 

病院から五山の送り火がほぼ全部見える。上は「舟形」。八月十六日に入院している人はラッキー?

 

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