ごまかしの効かない芸

 

跳んでいる人が落ちる反動を使って次は右側の人が跳び上がる。

 

五十分の前半の後、二十分の中入りがあった。後半の見どころは、集団段違い平行棒と、シーソー。体操競技の段違い平行棒は棒が二本だけだが、十本ぐらいの高さの違う棒が並んでいる。体操競技だとひとりで演技をするが、十人くらいの赤いコスチュームの女性が、一斉に演技を始める。横に並んで一緒の動きをする人とは、タイミングを合わさないといけないし、ちょうど別の人が居なくなった頃合いで次の棒に跳び移らないといけない。そのタイミングの絶妙さには感心する。おそらく、各国の体操選手を何人も引き抜いてきたのではないだろうか。

子供の頃シーソーをやった。一方が思い切り下に落とすと、もう一方はその反動で十センチくらい跳び上がったものだ。それと同じ原理。シーソーの片一方に、二メートルくらいの台の上から、ひとりの男性が思い切り飛び降りる。もう片一方に乗っていた男性は、その反動で空中に跳び上がる。そして、空中で宙返り、捻り、つまり鉄棒競技のフィニッシュみたいなことをやるのだ。単純なだけに説得力がある。基本的に、シルク・ドゥ・ソレイユの芸は、演出が加えられているが、やっていること自体は単純明快である。それだけに、そんな単純な仕掛けでよくこれだけの技、振り付けを考えたものだと感心する。

それと、コスチューム、音楽、照明などの舞台効果も素晴らしい。幻想的。僕は最初、ミュージカル的な要素、ショー的な要素がもっと強い、繊細な舞台だと思っていた。確かにそんな要素もあるが、ひとつひとつ、ひとりひとりの芸が実にしっかりしていて、それに裏打ちされた、結構骨太の舞台であった。

「シルク・ドゥ・ソレイユは、サーカスというより、エンターテイナーの集団なんや。」

僕はそう思った。ひとりひとりの卓越した芸人がまずいて、彼らが一致協力して、ひとつのストーリーを持った舞台を作っている。

一九八四年にカナダで結成されたものだというから歴史は長い。いくつかのチームを持っていて、ラスヴェガスで常設公演をしている他に、今回ロンドンに来たように巡回公演もしている。僕の友人や、ミドリの友達のゴードンが見たのは、ラスヴェガスでの常設公演だったのだ。

ミドリの買ったパンフレットを見ると、出演者が名前、写真、役柄を入れて紹介されている。写真は二枚ある。一枚は素顔、もう一枚は役のメーキャップをした写真である。

「まるで別人やね。」

隈取り、カラーコンタクトレンズを使っている。しかし、舞台の上ではおどろおどろしい顔をした人が、意外にあどけない素顔をしていたりして面白い。また、その出身地を見ると、地球上のあらゆるところから来ているのが分かる。一番多いのが中国の人。

「やっぱり、曲芸というのは中国なんや。」

僕はそう思った。

 僕だけではなく、妻も娘も満足したよう。決して安くはなかったが、「元は取った」気分になって、家路に就いた。

 

凝った衣装とメーキャップを取ると、意外に優しい顔のお姉さんだったりして。