セミの声

 

幻想的な雰囲気の中会場へ向かうふたり。

 

 結婚式の参加者には、ホテル側から透明のビニール傘が渡された。参加者は、小雨の中、ホテルの玄関から電気自動車に乗って、敷地の一番高い所にある会場へと向かう。坂を上って会場に近づいたとき、

「あれ見て、前にモヤがかかってる。」

と妻が言う。その日は雲が低く、近くの山の上の方は霞んでいたので、僕は最初、自然の霧かと思った。しかし、それは演出だった。先に降りたゾーイとワタルが木を敷いた歩道を進むとき、歩道の両側から、水蒸気が噴き出すのだ。霧に包まれた山の中の雰囲気、幻想的なシーンを作り出すための装置だったのである。

林の中には正面に小さなステージがあり、その前に椅子が並んでいた。皆、濡れている椅子をハンカチやティッシュで拭いて座る。僕たち家族は、最前列に案内された。林の中、上に木の葉があるので、雨は直接かからないが、ときどき、ボタッボタッと水滴が落ちてくる。僕たちは傘を差して座っていた。そのとき、僕は周囲の変化に気付いた。

「あれっ、セミが鳴きだした。」

子供の頃、よくセミ獲りをして遊んだ僕は、セミが雨降りの日は鳴かないのを知っていた。実際、それまで林の中は静かだった。しかし、突然セミが鳴きだしたのである。自然の動物たちは、天候の変化を素早く察知する。

「雨が止むんだ!よかった。」

僕は妻に言った。間もなく雨は止み、セレモニーが始まった。

 基本的に、中国の結婚式も、その他の国の結婚式と、段取りは変わらなかった。花婿が待つ場所へ、父親に連れられた花嫁がやって来る。ふたりは宣誓をし、指輪を交換し、キスをする。その後、祝辞。花嫁が花束を後ろ向けに投げ、独身の男女がキャッチする。違うところは、さすが中国、社会主義の国なので、宗教色が一切ないことである。宣誓を促すのは司会者である。

 祝辞は、父親側の親戚と、母親側の親戚の、一番の「長老」により行われた。ハンさんのお父さんは高齢なので、息子さんが「代読」という形式。エレンさん側は、ご両親とも既に亡くなっているので、一番上のお姉さんがスピーチをされた。その内容は・・・中国語なので全然分からないが。

 四十分ほどでセレモニーが終わり、新郎新婦を囲んで、参加者が順番に記念撮影をする。記念撮影を終えた参加者は、電気自動車に乗って、披露宴の会場へと向かう。

「モトさん、歩いて帰りませんか。」

とハンさんが言う。彼と、僕たち家族は、電気自動車を断って歩き出した。ハンさんに尋ねる。

「韓先生、今、どんな気持ちですか?」

「人生で一番幸せな気分です。」

と彼は言う。僕たち二人は、お互いの背中に手を当て、親しい友達という体で、坂道を下った。

 

従姉妹たちの花吹雪の祝福の中、セレモニーを終えて帰るふたり。

 

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