「死者の魂の塔」

ドイツ語題:Der Turm der toten Seelen

原題:Den osynlige mannen från Salem(サレムから来た見えない男)

クリストファー・カールソン

Christopher Carlsson

 

<はじめに>

 

クリストファー・カールソンは二〇一三年、十九歳で、スウェーデン推理作家アカデミー賞を受賞している。もちろん、最年少の受賞である。その受賞作がこの本である。

 

<ストーリー>

 

ストックホルム。レオ・ユンカーがシャプマンスガタンのアパートで目を覚ますと、パトカーがアパートの前に停まっている。彼は警察官であるが、停職処分を食らっている最中であった。廊下に出ると、警官がいた。レオは自分が停職中であることを隠して、殺人現場となった部屋に入ることに成功する。彼のアパートの下の階が、ホームレスのためのホステルになっていた。そこに泊まっていた二十代の若い女性が、射殺死体で発見されたという。ベッドの中で女性はこめかみを撃たれて死んでいた。レオはその女性が握っているネックレスを見る。レオにはそのネックレスに見覚えがあった。

 

十六年前、十五歳のレオは、ストックホルム郊外のサレムという町に両親と一緒に住んでいた。サレムは、首都のベッドタウン、高層アパートが立ち並んではいるが、労働者階級が住む荒れた町であった。彼のアパートから、すぐ近くに立つ給水塔が見えた。塔にはらせん階段が付いており、誰でも上まで登れた。

ある日、高校生のレオが給水塔の上まで登ってみると、目を撃ち抜かれた鳥が死んでいた。その場に、空気銃を持った若者が現れる。レオにはその若者に見覚えがあった。彼はレオの高校で、ひとつ上の学年にいる生徒であった。その若者は、自分はヨン・グリムベリだとレオに自己紹介をし、「グリム」と呼んでくれという。ヨンは前年の出席日数が足らず、レオと同じ学年をもう一年繰り返すことになった。二人は意気投合する。ヨンは、学校への出席率も悪く、酒を飲み、バンダリズムにも加わっていた。それから一年間、ふたりは、サレムの街中を、ちょっとしたギャング気取りで荒らしまわる。

ヨンの両親の住むアパートは、レオのアパートのすぐ近くであった。ある夜、レオとヨンがベンチでビールを飲んでいると、少女が通りかかる。ヨンは、その少女を自分の妹のユリアであると紹介する。レオの一学年下で十五歳、大人と子供が同居したようなユリアにレオは魅かれる。三人は、ちょうど両親が留守だったレオのアパートに行く。そこでレオとヨンは、空の花瓶に何が入っているかという賭けをし、賭けに勝ったヨンはその中にあった金を持ち去る。

ヨンの父親クラスには前科がありアルコール中毒、母親ディアナはユリアが生まれて以来、うつ病で働くことができなくなった。ヨンは、両親に代わって、ユリアの面倒を見てきていた。ヨンは、身分証明書の偽造を得意にしていた。彼は、同級生の身分証明書の生年月日を巧妙に書き換え、年齢を詐称してクラブに出入りしたり、酒を購入したりする手助けをしていた。レオにユリアから電話がかかる。その偽造は、高校生のやったものとは思えない実に巧妙なものであった。レオとユリアはそれから、定期的に電話をし、会うことを始める。

 

数か月前、レオは麻薬の密輸現場を押えるため、ゴットランド島のヴィスビューの港にいた。彼は他の警官と共に、物陰に隠れ、警察への内通者が、麻薬を受け渡すのを待っていた。まさに取引が行われようとした際、銃声が起こる。麻薬の密売人たちと警官の間で銃撃戦が始まる。その中で、レオは誤って同僚の警官を射殺してしまう。警察の作戦の失敗のスケープゴートのような形で引責されたレオは、起訴は免れるが停職処分となる。彼のアパートで、若い女性が殺されたとき、彼が停職中であったのはそのためであった。

レオは、女性の殺人事件の捜査班のリーダーであるガブリエル・ビルクから電話を受ける。ビルクはレオが死体のある部屋に入ったことを知っていた。ビルクは死体を見たとき、死体に触れなかったかとレオに尋ねる。レオはそれを否定する。また、ビルクは死体が何かを握っていなかったかと尋ねる。レオは、死体はネックレスのような物を握っていたと答える。

レオは、殺人事件が自分の過去に関係しているのではないかと考え始める。そして、独自に捜査を開始する。彼は自分の永年のカウンセラーであるチャールズ・レヴィンを訪ねる。そして、彼に自分の疑いについて話をする。レオは殺されたレベッカ・サロモンソンが麻薬をやっていたことを知り、かつて警察の内通者であった麻薬の売人フェリックスを訪れる。そして最近彼女の金回りが良かったことを知る。レオは、裏の世界の事情を知るための、最高の人物を知っていた。それはかつての恋人、サムであった。サムは刺青の彫り師をしていた。彼女の仕事場には裏の世界の人間が常に出入りしていた。サムは仕事をしながら、彼らの会話を聞く機会が多かったからだ。レオとサムはしばらく一緒に暮らし、サムは妊娠したが、交通事故で流産してしまう。それがきっかけで、ふたりの関係は気まずくなり、数か月前にふたりは別れていた。レオはサムに会ってくれるように頼む。

殺されていた売春婦、レベッカ・サロモンソの握っていたネックレスに、レオの指紋が発見される。レオは重要参考人として警察に呼ばれる。ビルクにより取り調べを受け、マスコミにも容疑者として扱われる。そのネックレスは、十年以上前、当時のガールフレンドのユリアが持っていたものだった。しかし、指紋が何時ついたかを調べる技術から、レオの指紋が十年以上前のことであることが分かり、レオは釈放される。

その頃から、レオは、発信者の番号を伏せたSMSを受け取るようになる。そのメッセージは、自分がレベッカの殺人犯人を知っていると書いていた。サムは、この殺人事件にかつての友人のヨンと関係があることに確信を深める。彼は、ヨンについて警察のデータを調べる。サレム出身のヨン・グリムベリの該当者はひとり。妹は十六年前に死亡。母親は数年前に死亡。そして、父親が三週間前に亡くなっていた。ヨン自身は、十年前に行方不明になり、家族から捜索願が出ていた。

サムがレオに電話を架けてくる。「グリム」という男に会ったことがあるという。数年前、彼女がまだレオと付き合っていた頃、ある男から電話がかかり、刺青を除去して欲しいという依頼を受ける。刺青を彫ることだけを専門とするサムは、除去するためには病院へ行けと言う。しかし、高額の金を払うという条件で、男はそれを引き受けさせる。刺青を除去する男に付いてきた男が「グリム」と名乗っていた。その男は治療の最中ずっと、誰かを国外に逃亡させる段取りの、電話をしていたという。

 

レオは高校のとき一年上のヴラドとフレドという生徒からいじめにあっていた。ふたりはレオを理由もなく叩きのめした。レオは、その連中が卒業してから、ティム・ノルディンという気の弱い同級生をターゲットにして、自分もいじめを始める。ヨンは、学校で金を盗んだことで捕まり、夏休みを、ユムキルにある少年保護観察施設で過ごすことになる。ヨンは自分がいない間、ユリアを守ってくれるようにレオに依頼する。ユリアはレオを両親が留守のとき自宅に呼ぶ。ふたりはそこで関係を持つ。

ユムキルの施設で、十七歳の少年がナイフで刺され重傷を負うというニュースがテレビに流れる。ヨンの安否を気遣ったユリアとレオは施設を訪れる。ヨンは無事で、ナイフを使って収容者を刺した少年は、ヨンの友達であることが分かる。レオはユリアと付き合っていることをヨンには隠していた。夏休みが終わり、ヨンが戻ってくる。ユリアは急にレオによそよそしくなる。

学校の校庭でパーティーがあった。そこでレオはヨンとユリアに会う。ユリアに冷たくされた、街に戻ってきた気ヴラドとフレドに殴られた腹いせに、泥酔していたレオは同じくパーティーに来ていたティムを叩きのめす。翌朝、レオは自分の手に、血がついているのを見つける。数日後、学校の昼休み、レオがユリアと一緒にいるとき、ティムが現れる。ティムは改造拳銃を持っていた。ティムは拳銃を発射するが、弾が逸れてユリアの胸に当たる。ユリアは病院へ運ばれるが死亡する。ユリアの死を悲しんだ父親は酒浸りとなり、両親は離婚する。ヨンは、家族を台無にした原因は全てレオにあると考え彼を恨むようになる。

 

目撃者の証言から、ペーター・ゾラン・コルという男がレベッカを殺人した容疑で逮捕される。コルは、殺人は他人から依頼されてしたものであると言う。そして、その人物から、レオにだけ話すように言われたという。ビルクはレオを警察署に呼んで、コルと話させる。彼は旧ユーゴスラビア出身で、家族がトルコにいた。トルコにいる家族を呼び寄せるためには多額の金が必要になった。そんなとき、自分の代わりに人を殺してくれたら、多額の金を払うと人物と知り合い、その人物の指示に従って、レベッカ・サロモンソンを殺害したという。コルは、ダニエル・ベルグレンと名乗る男から依頼を受け、ティムの住むアパートを見渡せる向かいのアパートの一室に陣取り、レベッカの帰ってくるのを待っていた。そして、彼女を見た後、ホステルに入り、彼女を殺害したという。ネックレスは、犯行の朝ベルグレンが郵便で送ってきて、犯行後、被害者の手に握らせるように依頼されたという。コルは、もっとベルグレンについて知りたければアルビューという街に住む、ヨゼフ・アベルを訪れろと言う。

レオはアルビューの町の食料品店でアベルの居所を聞き、彼を訪れる。アベルはレオの訪問を前もって知っているようであった。アベルはレオに封筒を渡す。その封筒には葉書大の手帳が入っていた。声を発することのできないアベルと、レオは筆談をする。アベルは、ダニエル・ベルクレンとは十年来の知り合いで、国外逃亡や、不法移民の呼び寄せるために必要な書類を偽造するベルクレンに対し、客を斡旋していたと言う。アベルの家からの帰り道、レオは封筒を開き、その中の手帳を取り出し読み始める。それは、ベルクレン、つまりヨンがレオのために書いた手記で会った。レオはその手記を通じて、事件の背景と真相を知る・・・

 

<感想など>

 

ここ五年くらいのスウェーデンの犯罪小説の傾向として、事件を解決しようとする刑事が、実は、事件の当事者であった、かつてその原因を作っていた、というパターンがある。例えばアルネ・ダールの「七引く一」などお。この小説も、まざに、その線を言っている。小説は、主に、レオ・ユンカー自身の一人称で語られている。なかなか思わせぶりな語りである。それもそのはず、彼は事件が、自分の過去に関係のあることを最初から気付いているのである。

ふたりの語り手がいる。ひとりの語りは斜字体で書かれているので、間違えることはない。しかし、現在の出来事と、十六年前の主人公がまだ高校生であった頃の出来事が、モザイクのように入り組んで、語られる。これは読んでいてかなりややこしかった。しかし、前半でその複雑さに慣れてしまうと、物語自体は実に精緻に組み上げられており、後半は引き込まれてしまう。

ティーンエージャーの頃の同級生に対する「苛め」がストーリーの出発点となっている。これは、最近のスウェーデンの犯罪小説で、結構よく出て来るパターンである。前述のアルネ・ダールの作品も、学校時代のいじめの復讐というテーマであった。スウェーデンでも学校の中での「いじめ」が社会問題になっていることがこれらか窺える。十五歳から十六歳の主人公が、回想の形で描かれる。いじめ、飲酒、暴力、それらが日常的に行われる様が描写される。それらは、生き生きとしていて、自然である。それもそのはず、この作品が書かれたときに、作者のカールソンは十九歳、まだティーンエージャーだったのだ。その世界の真っただ中で書いていたわけで、描写が出色であることもうなずける。

犯人捜しの魅力はない。半分もいかないうちに、犯人が誰であるかが示唆され、それが後で覆ることはない。しかし、表の世界から姿を消し、「見えない人間」となった男を、どのようにして探し出すのかが、ストーリーの興味となっている。

先ほども述べたが、最初、複雑な構成に戸惑い、なかなかストーリーが把握できなかった。しかし、そこはちょっと凝りすぎの感がある。しかし、一度、構成を理解してしまうと、かなり奥の深い、面白いストーリーであることが分かった。しかし、十九歳の人間がこの小説を書けたという事実は、驚嘆に値する。カールソンは、まだまだこれからの作家のようで、彼の経歴をウィキペディアで調べようとしても、彼の項目自体がまだなかった。同名のサッカー選手は載っていたが。一九八六年生まれということであるから、現在まだ三十歳である。

「死者の魂の塔」というドイツ語のタイトル、レオの育ったサレムにある「給水塔」に由来する。また、原題の「サレムから来た見えない男」は、この小説の全てを凝縮したものである。ストックホルムで起こった事件だが、すべてはサレムに関連し、見えない男が糸を引いているのだ。どちらも、的をえたタイトルだと思う。

面白かった。ちょっと癖になる。この作家の作品、他にも読んでみようと思う。

 

20174月)

 

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