あれは犬です、サー

 

こんな感じの人々が典型的な乗客。僕達は人種的にも、年齢的には少数派である。

 

月曜日、サウスハンプトンを出て四日目。明日はマデイラ島に着く。いつものように朝起きた後、ジムで一時間ほどトレーニングをしてお腹を空かせてから、朝食のレストランへ向かう。そこで、いつものように、テーブルを共にした人たちと話をする。

「あなたたちが、今回会った初めての『英国人以外の人』だ。」

と隣の男性が僕達に言った。そうだと思う。最初にも書いたが、この船の乗客は九十九パーセント、白人の英国人なのだ。僕達が会った黒人の乗客はここ三日で一人だけ、もう二組中国人らしい家族がいるが、二千人以上の乗客の中では、限りなくゼロに等しい。

では、船の従業員はどうか。これは大多数が、黒人、インド人その他のアジア系なのだ。つまり、ここは「白人が、非白人をこき使う」という植民地時代の構図がそのまま当てはまる世界なのである。従業員も、ロンドンのレストランの店員とは違い、実に良く訓練されている。空いたテーブルはあっと言う間に片付けられるし、席に座ると即座に注文を取りに来てくれる。そして、彼等の言葉の後に、男性に対しては「サー」、女性には「マダム」が必ず付く。

この船に乗っている人たちには「旧き良き時代」を懐かしむ、つまり「植民地の人々をアゴで使っていた時代」を懐かしむ、そんな風潮があるのではないかと疑ってしまう。

朝食が終わって、部屋に戻ると、ベッドメイクがしてあり、ベッドの上にタオルで「ウサギ」が作ってあった。赤い飴の包み紙で作った目が可愛い。僕たちの部屋の担当のボーイ、ヴィクターと廊下で会ったとき、

「ハロー、ヴィクター。あの『ウサギ』はとっても可愛かったよ。」

と言うと。

「あれは、犬のつもりだったんですけど。サー。」

それからしばらく彼と話をした。彼はインドのゴアに住んでいるが、六ヶ月間は家族と離れ船に乗り込み、その後三ヵ月国に戻るという生活をしているとのこと。彼の部屋は「レベル二」と言っていたので、僕達の住んでいる階よりも六階下の、船の一番下の階とのことだった。

「東南アジアのクルーズのときは、日本にも行きました。物価が高くて驚きました。」

と彼は言った。

 プールバーでビールを持ってきてくれたお兄ちゃんにも、どこから来たのか聞いてみた。フィリピン出身のジョエルは、九ヶ月船で働き、三ヵ月陸で暮らす生活をしているという。同じアジア人ということで、結構親しげに話してくれる。ともかく、従業員の人々にとっては、この船が「家」なのである。

 朝食の後は、例に寄って、ラインダンスのクラスと、社交ダンスのクラス。社交ダンスの方は「アルゼンチン・タンゴ」であった。今日もナイトクラブで社交ダンスの夕べがあるらしい。そのときには少しは踊ってみたいと思う。

 

僕達の部屋を担当するスチュワードのヴィクターの作ったタオルの犬。ウサギかと思った。可愛い。

 

<次へ> <戻る>