チャチャチャ

 

イングリッシュ・ブレックファスト。さすがに毎日食べると飽きてくる。味噌汁が恋しい。

 

日曜日、サウスハンプトンを出向して三日目である。朝八時にマユミと一緒にジムに行く。ジムは盛況で、トレッドミルはひとつしか空いていない。それで僕は自転車を漕ぐ。自転車やトレッドミルの前には画面が付いていて、そこに船の現在位置が出ている、船は今、ポルトガルのポルトの沖合いを、十七ノットで(どんなスピードか知らないが)、南南西に進んでいる。二十分間自転車を漕いで、二十分間歩いた後、腹筋、背筋、スクワット、腕立て伏せをやって、九時に部屋に戻る。

着替えている間に、マユミが昨夜、僕が先に部屋に戻った後、何をしていたかを聞く。「社交ダンスの夕べ」があり、踊っていたという。パートナーがいないので、ダンスクラスの男の先生に時々相手をしてもらっていたとのこと。滅茶苦茶上手いカップルが一組いるということだった。マユミが聞く。

「今日の劇場でのショーは何?」

前日の夜配られる「船内新聞・ホライズン」を見る。ジミー・ジェームスという名前と丸顔の黒人の写真が載っている。

僕:「ジミー・ジェームスさんやて。」

妻:「それどんな人?」

僕:「韓国の人ちゃうか?」

妻:「えっ?」

僕:「ソウル・ミュージック。」

妻は笑わないで、ムッとした顔をした。

朝食に行く。また八人、四カップルでひとつのテーブルである。話題はお国自慢と、これまでに参加したクルーズの話が多い。僕達が日本人なので、周囲の人間が結構興味を持ってくれる。

「日本のアバカス(ソロバン)の名人と、コンピューターが計算の競争をして、ソロバンが勝ったそうですよ。新聞で読んだんですけど。」

と隣の男性が言った。ソロバンの得意な妻はまんざらでもなさそう。

 朝食後、またダンスクラスに参加する。ラインダンスの後は社交ダンス。今日の課題は「チャチャチャ」である。慣れたせいか、昨日のワルツよりは覚え易かった。昨日のワルツで懲りた人が多いのか、今日は大分参加者が減っている。

「チャッチャッ、チャチャチャ、チャッチャッ、チャチャチャ」

時々足がもつれて、妻の足を踏む。

 ダンスのクラスが終わって、皆が出て行く。クラブには誰もいなくなった。船の従業員もいない。

「一丁行こうや。」

僕はステージの脇のグランドピアノを指差して言った。マユミに楽譜を取ってきてもらう。しばらく、誰もいない昼間のナイトクラブ、ふたりでしばらく連弾をした。 

 

船が南に向かうにつれ、風が柔らかく感じられるようになってきた。

 

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