「春の満ち潮」

Springflut

 

 

シラ/ロルフ・ビョリリンド

Cilla / Rolf Börjlind

2012年)

 

 

<はじめに>

 

シラとロルフ、ビョリリンド夫妻は、スウェーデンのテレビ、映画の脚本家として活躍してきた。彼らは各国でヒットした「マルティン・ベック」シリーズ、「アルネ・ダール」シリーズの脚本を手掛けている。この作品は、彼らが満を持して発表したオリジナル第一作。女性警官の卵、オリヴィア・レニングと、元刑事トム・スティルトンを主人公にした作品。このシリーズはその後、五冊が書かれている。

 

 

<ストーリー>

 

一九八七年、ノルドコスター島の海岸。一人の女性が首まで砂で埋められている、彼女は妊娠していた。その日は、大潮の日。潮がだんだん満ちてくる。最後に海水は、彼女の顔を覆い尽くす。

 

それから二十五年後、二〇一二年、五人のホームレスたちが話している。片目の女性ヴェラと、ベンセマン、ムリエル、イェレ等。彼らはホームレス援助のために発行されている雑誌「シチュエーション・ストックホルム」の売り子であった。二人のマスクをした若い男が、ホームレスたちに近づく。ホームレスに対する暴行事件が頻発していることを皆知っている。ホームレスたちは逃げる。一人の男が逃げ遅れたベンセマンに殴る蹴るの暴行を加え、もう一人の男が、携帯でその様子を撮影する。男たちが去った後、ベンセマンは瀕死の状態で横たわっていた。数時間後、暴行を加えている様子が、SNSに投稿される。これも、何時ものパターンであった。

 

オリヴィア・レニングはストックホルム警察学校に通う、刑事の卵である。亡くなった彼女の父親も刑事であった。彼女は、通学の途中、キオスクで新聞の見出しを見る。またホームレスが暴行を受けたという記事。最近、ホームレスに対する暴行事件が連続して起こっている。その日は夏休みを前にした最後の授業日。学生たちは、「これまでに起こり、迷宮入りになってしまった事件に対し、自分なりの調査をし、自分なりの考察をする」という休暇中の課題を受け取る。オリヴィアは、一九八七年にノルドコスター島で起こった、若い女性殺害事件を課題に選ぶ。それは父親のアルネ・レニングが担当した事件だった。父親は、数年前に病気で亡くなっていた。

オリヴィアは国会図書館で、当時のその事件に関する新聞記事を読む。女性が砂に埋められて、溺死させられた事件。犯人どころか、殺された女性の身元も判明していなかった。遺留品は、砂浜に残された女性の物と思われるコートだけ。九歳の男の子が、埋められている女性を発見。両親が警察に連絡し、女性は掘り起こされヘリコプターで病院に運ばれたが死亡した。オリヴィアは、教官のグスタフソンに、その事件について尋ねる。当時、初動捜査を担当したのは、トム・スティルトンという刑事だったが、それから間もなく、スティルトンは警察を辞めていた。グスタフソンは、当時捜査官であったメッテ・オルセターが、まだストックホルム警察で働いているので、彼女と話をすることオリヴィアに勧める。アパートに戻ったオリヴィアは「グーグルアース」でノルドコスター島について調べる。彼女は、一度そこに行こうと決意する。

男はイェーテボリ空港に着く。彼はタクシーで駅に向かい、ストレームスタッド行の列車に乗る。彼は駅でキャスター付きのスーツケースを買う。彼の目的地はノルドコスター島であった。

 オリヴィアは、スティルトンの元同僚、今は警視のメッテ・オルセターと会う。オルセターはスティルトンが個人的な理由で警察を辞めたが、その理由は知らないと言う。オリヴィアはノルドコスター島を訪れる。そこで、キャンプ場のオーナーから当時の話を聞く。事件のあった当時、大金持ちのノルウェー人たちがヨットで島を訪れていて、彼らは「エスコートガール」を雇い入れていたという。ヤッキー・ベルグルンドというエスコートガールが、当時、事情聴取を受けていた。オリヴィアは、殺された女性も、エスコートガールではなかったかと疑い始める。しかし、女性は妊娠していたのだが。

 オリヴィアは、犯行の行われた湾にたどり着く。しかし、そこにいたのは彼女だけではなかった。彼女は砂浜にたたずむ、もう一人の男を見つける。オリヴィアは、島を歩いているとき雨に会う。それが元で風邪を引き、熱を出す。その深夜、ひとりの男がオリヴィアのキャンピングカーの窓を叩く。その男は、殺人事件の現場の砂浜で、オリヴィアが見た男だった。彼は、水上タクシーを呼ぶために、オリヴィアから携帯を借り、去って行く。翌朝、オリヴィアはその男が、キャスター付きのスーツケースを置いて行ったのを見つける。そのスーツケースは空であった。オリヴィアは、近くに住む母親のマリアの家に寄ってからストックホルムに帰る。

マグヌソン・ワールド・マイニングMWM株式会社の経営者ベルティル・マグヌソンは、国王主催の晩餐会に招待されていた。彼の会社は、海外で展開するスウェーデンの企業、今年のベストワン選ばれたのだった。しかし、アフリカ各国で、贈賄、児童の強制労働などの噂が絶えず、街中では、彼の会社に抗議するデモが起きていた。

ホテルの一室にいる男、ニルス・ヴェンズ。彼はマグヌソンに恨みを持っていた。彼は、マグヌソンを見張っていた。彼は、マグヌソンに電話を架ける。マグヌソンは電話を取る。そこからは、録音された音声が流れて来た。

「ベルティル、俺は、あんたが手段と選ばない人間だと知っている、しかし、殺人とは。」

「誰も、殺人を俺たちとは結び付けないよ。」

「しかし、俺たち自身はそれを知っている。」

「俺たちも何も知らない。何も知りたくない。」

一人の声は、マグヌソン自身のものであった。もう一人はニルス・ヴェンズ、かつてのマグヌソンの懐刀であった。

イェレはヴェラの住むキャンピングカーを訪れ彼女と寝る。その後、ふたりの若い男がヴェラの車に乗り込み、彼女に暴行を加える。そのビデオと彼女がその前にセックスをしているビデオがSNSに掲載される。

ふたりの少年が、テレビを見ている。ニュースでは、彼らがホームレスを襲い、その現場を撮影したビデオが流されていた。ニュース番組で、インタビューを受けているのは、エファ・カールセンというジャーナリストの女性。彼女は、現在、少年犯罪をリサーチしていた。エファは、最近頻発するホームレス襲撃事件が、少年の仕業ではないかと分析していた。インタビューで、エファは、かつて自分は「エスコートガール」による、売春組織についてリサーチしていたと話す。

オリヴィアもそのテレビを見ていた。彼女は、カールセンがかつてエスコートガールのリサーチをしていたことを知り、カールセンに連絡を取る。カールセンに会ったオリヴィアは、ヤッキー・ベルグルンドについて尋ねる。ベルグルンドは現在ストックホルムでブティックを経営しているが、その傍ら、「レッド・カーペット」という名前の、エスコートガール紹介会社を経営しているという。オリヴィアが、一九八七年にノルドコスター島で起こった殺人事件について調査していると説明すると、カールセンは、ちょうどその時島に居たと言う。

オリヴィアは町で出会ったホームレスの男に見覚えがあった。その男はイェレと呼ばれていた。彼女はその男が、警察を辞めた後、行方不明になっているトム・スティルトンであることを確信する。オリヴィアは、その男に近づき、

「あなたはトム・スティルトンね。」

と確かめる。男はそれを認めるが、オリヴィアの質問を振り切って立ち去る。オリヴィアはその男が「シチュエーション・ストックホルム」を売っていたところを見ていた。彼女はその発行所に行き、トム・スティルトンが現れたら、自分に連絡をするよう伝えることを頼む。 彼女はその後、エスコートサービス、女性派遣業の元締め、ベルグルンドの経営するブティックを訪れる。

 少年アッケ。母親は売春をしていた。ある日、年上の少年に呼び止められ、車である場所に行く。彼はその日、いくばくかの金を貰って帰る。彼の身体にはあちこちに痣が出来ていた・・・

 

 

<感想など>

 

シラとロルフ、ビョリリンド夫妻は、脚本家として活躍してきた。ロルフは長年に渡り、人気となった「マルティン・ベック」シリーズの脚本を担当していた。永年、他人の小説をドラマ化してきた彼らが、初めてオリジナルとして発表したのが、このオリヴィア・レニングを主人公としたシリーズである。読んでいると、ドラマの脚本を読んでいるような気がする。会話中心の展開で、場面が次々と切り替わっていく。まさに、映像化することを前提に、書かれた小説のような気がする。事実、この小説は、発表から四年後、二〇一六年に、テレビドラマ化されている。そして、その脚本を書いたのは、もちろん、シラとロルフ、ビョリリンド夫妻自身であった。

一九八七年、妊娠した若い女性が、砂に埋められ、満ち潮で溺死させられるというショッキングな事件が起こる。その事件は迷宮入りし、犯人どころか、被害者の女性の身元も分からないままになっていた。警察学校の夏休みの「自由研究」として、オリヴィアがその事件を調べ始めたところから、ストーリーが始まる。

最近の北欧の犯罪小説の通例として、幾つかストーリーラインが同時進行する。

l  二十数年前の殺人事件について調べる警察学校の学生、オリヴィア・レニング。

l  ヴェラ、イェレなど、ストックホルムのホームレスたちと、彼らを狙い、暴行を加えるふたりの若い男、その事件を追うストックホルム警察の捜査班。

l  スウェーデン最大の鉱業会社を経営するマグヌソンと、彼を脅迫するニルス・ヴェンズという男。

l  かつてのエスコートガール(高級娼婦)、今はその元締めをするヤッキー・ベルグルンド。

l  売春婦を母親に持つ少年アッケ、彼は新しく金儲けの手口を見つける。

一章ずつ、別のストーリーラインが語られるのではなく、一章に、複数のストーリーラインがちりばめられていく。ちょっとめまぐるしい。この点、画面展開が多い最近のドラマを思い出し、先ほども述べたように、映像化を前提に書かれた小説であるという印象が深まる。

 また、これもスカンジナビア犯罪小説の決まり事として、「徒労」が描かれる。つまり、物語の中で、かなりの枚数が使われたことが、結局事件解決とは関係がなかったという点だ。これは、ヘニング・マンケルが最初に使用し、その後は定番となった。

更に、「どんでん返し」である。最後数ページで、まったく予期せぬ展開となり、物語が閉じるというパターン。

最後に、捜査を進める人間が、実は自分の捜査をする事件の当事者だったという展開。(例えば、犯行の動機が、捜査をする人間が子供の頃に学校でした「いじめ」に対する復讐だったとか。)

さすがに、スウェーデンの犯罪小説の映像化に、長い間従事した作者によるもの、こうした、「ノルディック・ノワール」(スカンジナビアのミステリー)の伝統を、見事に踏襲している。

 このストーリーの面白さ、一応、オリヴィア・レニングだけは主人公だと最初から分かっているのだが、その他の誰が「サブ主人公」で、誰が「ちょい役」なのか、後半まで分からない点である。「ちょい役」として登場したのだと思っている人間が、最後には重要な役割を果たすという意外さがあった。例えば、ホームレスのイェレ、最初は完全にちょい役であるのだが、彼は元刑事のトム・スティルトンであることが分かり、事件の解決に積極的かつ効果的な役割を果たすのである。また、メッテ・オルセターや、彼女の秘密兵器アッバスなどもそうだ。逆に、この人は重要人物であろうと予想していた登場人物が、意外に「小者」だったりする。

 先にも書いたが、よく練られた、面白いストーリーで、登場する人間も多様である。しかし、「新しさ」という点では、残念ながら不満が残る。過去に培われた伝統の上で、その約束事に従って書かれた小説、そんな感じがする。シューヴァル/ヴァールー、マンケル、ヒョルト/ローゼンフェルドのように、度肝を抜く、斬新さというものはないようだ。

 映像化された作品も見たが、さすがに、作者自身が脚本を書いているので、非常に原作に近い感動の得られるドラマに仕上がっていた。マグヌソンが男性から女性に変わっていたのは、やはり男女のバランスのせいだろうか。

 

20223月)

 

書評のページに戻る