ビリーを探して

 

「ビクトリア・パレス劇場」、高層ビルに囲まれた古風で小ぶりな劇場である。

 

ビリーが四十二人の子役によって演じられたことは前頁で述べた。パンフレットに載っている、その四十二人の顔写真を見て気付くのは、黒人の子供がひとり、アジア系の子供がひとりいることである。ビリーの父親、母親は英国人、当然白人の俳優が演じるわけで、その子供が黒人であることはあり得ない。しかし、そのようなリアリティーは無視して、プロデューサーは、その子役の演技力、ダンスや歌の技量を買って出演させたのである。そのことが一時英国で話題になっていた。

私はかつて、「ロイヤル・シェークスピア劇場」で「ジュリアス・シーザー」を見たことがある。そのとき、マーク・アントニーを黒人の俳優が演じていた。最初、一瞬違和感があった。しかし、舞台が進むにつれ、俳優の演技力がそのような違和感を払拭してしまった。この辺り、リアリティーよりも技量を優先するというのが、いかにも「フェア」であることを最優先に考える、ヨーロッパらしい。日本人では、日本人の家庭の子供の役に、他の人種の人間を絶対に充てないと思う。しかし、日本では、外国のミュージカルを日本人の俳優が演じ、日本の観客はそれを自然に受け止めているわけだ。う〜ん、リアリティーというのは難しい問題だ。

十年間で、四十二人のビリー約の子役が「発掘」されたわけである。これは、なかなか容易なことではないという想像はつく。パンフレットの中で、「子役担当ディレクター」である、ジェシカ・ロネーンがその苦労話を「ビリーを捜して」という記事の中に次のように書いている。

ビリー役の少年は、声変わりしていない、バレーとタップができるという条件がある。ミュージカルを始める当たり、彼女は英国内のダンス学校、バレー学校を巡ったが、結局適当な子供は見つからなかった。そもそもバレーをしている男性というのは、女性に比べて極端に少ない。その「男性がバレーをすることへの抵抗感」がこのミュージカルのテーマのひとつでもあるのだが。ジェシカは方向転換をし、声と運動能力適応性を持った少年を捜した。バレーやダンスの未経験者でもよいとし、バレー、ダンス等は、決まってからトレーニングをすることにしたと言う。その結果、これまで何とか長期公演を回していくだけの子役が確保できた。

通常、役が決まるまで、四回から六回のオーディションがあるという。しかし、苦労して見つけ、トレーニングをした少年も、何時声変わりするか分からないので、これは大きな賭けでもあるということであった。またジェシカは、オーディションに落ちた子供たちを失望させないように、特に注意を払っていると書いている。いずれにせよ、ビリーのあの素晴らしい演技の背景には、数多くの人々の苦労と、長い時間があるのである。それゆえに、人々の感動を呼ぶのであろう。

楽しいミュージカルであるが、外国人が百パーセント楽しめることの障害になっているのが、方言と時代背景である。

 

劇場の正面の巨大なビリーの看板。

 

<次へ> <戻る>