サックスさんの作ったサクソフォーン

 

マース川に架かる橋の上には、色とりどりのサクソフォーンのオブジェが。

 

霧は晴れたがた曇り空、外を歩いていると結構冷える。僕は、駅前のカフェで温かいコーヒーを飲んだ。ここはフランス語圏であるが、本国のフランスと違って、かなり英語が通じるから都合が良い。

十一時十八分の電車で本日の第二の目的地ディナンへ向かう。ローカル列車の様相が強く、車両に乗っているのは僕だけ。ディナンへ向かう線路は、マース川に沿っている。平らなベルギーには珍しく、両側に丘があり、何とトンネルまであった。マース川の水辺に立つ木が紅葉して、それが水面に写って美しい。線路脇に岩がほぼ垂直に聳え立っている場所があり、そこでロッククライミングをしている人が見えた。

三十分でディナンに到着。駅を出て、マース川の河畔に出る。目の前には、ほぼ垂直に聳え立つ巨大な岩とその上にある城塞、そして、その前独特の形をした屋根を持った教会、石の橋の上に並ぶ色とりどりのサクソフォーンのオブジェ。

「小さいくせに、めちゃインパクトの強い町だな。」

と、正直驚いた。

何故サクソフォーンなのかというと、この町に住んでいたアドルフ・サックスが、この楽器を考案したからだ。

「バイオリンを最初に作った人は誰でしょう?」

そんな質問には答えられる人はいないが、サクソフォーンはそうではない。サックスさんが発明したからサクソフォーン。結構安易な命名である。一八四〇年というから、結構最近の話。彼はその楽器で特許を取ったとのこと。ちゃっかりした人だ。サクソフォーンが最初にオーケストラに登場したのは一八四六年。つまり、ベートーベンやモーツアルトの交響曲には、サクソフォーンは登場しないわけね。ちなみに、サクソフォーンは金属でできているのに、何故か木管楽器の範疇に入るという。

聳え立つ岩の上にある城塞までどのようにして登るのかと思っていたら、ロープウェーが通じていた。切符を買ってそれに乗る。この城塞、中世のものかと思ったが、何と第二次世界大戦まで、戦略上の基地として使われていたとのことだ。上に着くと、若い女性ガイドが、観光客を案内してくれる。説明はフランス語とオランダ語だけだが、例によってオランダ語は少し判るので、要点は聞き取れる。城塞そのものに特に見るべきものはなかったが、眼下に広がる、谷間の狭い土地にコンパクトにまとまった古い街並みと、マース川、対岸の紅葉がきれいだった。

帰り道、ロープウェーを使わないで、急な階段を降りる。転ばないように、手すりにしがみ付きながらやっと下まで降りると、膝が笑っていた。午前中はナミュールの城塞、そして午後はここ、今日は実に起伏のあるコースを歩いている。城塞の対岸で、ベンチに座ってサンドイッチを食べ始める。昼過ぎに太陽が出てから暖かくなり、ベンチに座っているとポカポカとして気持ちが良い。

 

崖の上からの眺めも、高所恐怖症の僕にはちょっと怖いが素晴らしい。

 

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