「シチリア流の復讐」

Sizilianische Rache

アン・バイアーノ

Ann Baiano

2016年)

 

<はじめに>

 

観光地を舞台にした「ご当地物」のミステリー。風光明媚で歴史に満ちたイタリアのシチリア島を舞台にしている。著者の名前から、イタリア語の作品のドイツ語訳だと最初思ったが、著者はドイツ人で、最初からドイツ語で書かれていた。実在する彫刻の盗難事件がテーマで、シチリア島西部の、歴史、地理の勉強にもなる。

 

    

マルサラの風景とモティア島

 

<ストーリー>

 

シチリア島西部、マルサラの街。夏。ディエゴ・サンタンジェロとジュリア・スキオルティーノは一晩中飲んで踊る。その後、ジュリアは船でモティア島に渡ろうと言い出す。ラグーンに浮かぶ島には、フェニキアの遺跡と博物館があるだけで誰も住んでいない。ローマの大学で考古学を専攻するジュリアは、モティア島での発掘調査に携わっていた。ジュリアの、

「そこならばふたりだけになれる。」

と言う言葉に釣られて、彼女のことが好きなディエゴは、漁港で船を借り島に渡る。

ふたりが島に近づくと、誰もいないはずの島に灯りが見える。島に上陸したふたりだが、離れ離れになってしまう。島には朝の光が射し始める。ディエゴが藪に足を取られながら歩いていると、黒い服をまとった魔女のような老婆が現れる。老婆を見て走り出したディエゴは、何かにつまずいて転ぶ。彼がつまずいたもの、それは地面に横たわる人間であった。ディエゴはその顔に見覚えがあった。それは、ローマの大学で考ジュリアと一緒に古学を学び、島の発掘調査に携わっている、ジャコモ・レオーニという学生であった。ジャコモは頭から血を流して倒れていた。彼は大声でジュリアを呼ぶ。ジュリアが現れる。彼女も血相を変えている。

「博物館から、『モティアの若者像』が盗まれているの。二人の男がモーターボートで島を離れるのを見たわ。」

とジュリアは叫ぶ。

「それどころじゃない。人が倒れているんだ。おそらくきみの友達のジャコモだ。」

とディエゴも叫び返す。ふたりは、携帯電話の電波が届く島の端まで行き、警察に電話をする。島には博物館があったが、夕方になると閉められ、夜は島には誰もいないはずであった。また盗まれた像は、近々ローマに運ばれ、そこの博物館で展示されることになっていた。

パレルモに住むルカ・サンタンジェロは早朝、電話で起こされる。彼は通信社「クロノス」のパレルモ駐在記者であった。電話を架けてきたのは、息子のディエゴ、彼は島で死体を発見したと父親に告げる。ルカはオートバイに飛び乗り、島へ向かうフェリーの出る、マルサラの港へ向かう。

途中、ルカは通信社の同僚で、マルサラの通信員をしているシルヴィオ・アライモに電話をする。ふたりは同じ大学で勉強した仲であった。マルサラに着いたルカは、シルヴィオに会い事情を聞き、ふたりは警察署に向かう。事件を担当しているのは小太りの警視(コミッサリオ)であった。警察署でルカは息子のディエゴと会う。ジュリアとディエゴはコミッサリオに尋問される。次に、博物館の職員、マルチェロが尋問される。彼は、昨夜博物館を閉めてモティア島を離れたが、前日は別に怪しいことはなかったと答える。

地元に長く住んでいるシルヴィオはルカにモティア島について説明する。今は誰も住んでいない島だが、二千五百年前には、フェニキア人が島全体に街を造っていたという。そして、二十世紀に入ってから、この辺り、特にファヴィニアナ島では、「マタンツァ」と呼ばれるマグロ漁が盛んであったと、シルヴィオは言う。

警察署に殺されたジャコモの両親、ロモロ・レオーニとデリア・レオーニが現れる。ロモロはローマの大学の考古学教授で、モティア島の発掘を指揮し、有名な「モティアの若者像」を発見した人物であった。ルカとシルヴィオは、父親の指に、アルバモンテ家の紋章があるのに気付く。

 

一九一四年、カタリーナは娘のコンチェッタを連れて、ウィリアム・フィリプソンを訪れる。彼女の夫は四年前、独りでアメリカに渡った後、連絡を絶っていた。三人の子供たちを抱えたカタリーナは、ジョン・フィリプソンのワイン農園で働き始め、そこでジョン・フィリプソンと関係を持つ。コンチェッタはウィリアムの娘であった。妊娠が分かると、カタリーナは農園を追い出される。彼女はその後、四人の子供たちを抱え、乞食のような生活を送ることになった。いよいよ食べることに困った彼女は、ウィリアムを頼って彼の屋敷を訪れ、助けを求める。ウィリアムは彼女を追い払う。

 

シルヴィオは、ルカと彼の恋人のアダ・ペルグリーノに昔の写真を見せながら、地元の歴史を説明する。十九世紀の末、英国からシチリア島に渡ったジョン・フィリプソンが、マルサラでワインの製造、マグロ漁、海運業を始めたこと。甘みの強いマルサラワインは人気を博し、彼の事業は成功を収め、地元の名士となる。息子のウィリアムは地元の名家であるアルバモンテ家の娘ヴィットリアを嫁にもらう。考古学に関心のあったジョンは、モティア島を買い上げ、そこで発掘作業を始める。

「マタンツァ」と呼ばれるマグロの囲い込み漁を指揮する「ライス」(頭領)は、漁の成否を分ける重要な役割であった。シルヴィオはその漁を見るのが好きで、漁の様子を沢山の写真に撮っていた。最近はマグロが来なくなり、漁は行われなくなっていた。その最後の頭領を務めたのがアントニオ・リッツォという人物だった。そのアントニオは実は女性であったという噂があるという。確かに、その写真からはどこか女性的なものが感じされた。アントニオはどこからもなく現れた人物だという。引退後アントニオはモティアの近くのサンタ・マリア島に隠居する。彼にはカタリーノという息子がいた。カタリーノはウィリアム・フィリプソンの息子ジョゼフを射殺する事件を起こした。そして、裁判の際、カタリーノは男性でなく女性であることが判明する。彼女、カタリーナは、永らく刑務所に入り、出所後はサンタ・マリア島に戻っているという。

そこに、ジュリアが書いた手紙が警察に提出されたという知らせが入る。その手紙には、ディエゴがジャコモを殺す動機を持っていたことが書かれているという。ルカとアダは警察に向かう。ジュリアの手紙の内容は、彼女を巡る三角関係でディエゴが嫉妬をしているので、ジャコモに警戒を促すものであった。そして、ディエゴは、数日前のパーティーで初めてジャコモに会っていた。その手紙で、ディエゴはジャコモ殺害の容疑者として浮かび上がる。ルカに対して、ディエゴは、自分はジュリアに他に男があることは知っていたが、それがジャコモであったことは知らなかったと言う。ディエゴは、実の母であるフランチェスカと一緒にマルサラに住んでいた。一方、「モティアの若者像」の行方は分からず、それを持ち去った事件の捜査は全く進んでいなかった。

ジャコモの葬儀に参加したルカは、ジュリアを見つけ、ディエゴを擁護するよう依頼する。しかし、彼女はそれを拒否する。警察の記者会見でコミッサリオは、ジャコモの死亡は事故死の可能性もあること、また、その夜「モティアの若者像」が盗まれたのは、偶然の可能性もあることを示唆する。

ルカは、インターネットで、マルサラで起こった過去の出来事について調べる。一九七四年、ジョセフ・フィリプソンが、モティア島の隣にあるサンタ・マリア島で「カタリーナ・R」という女性に殺された当時の新聞記事が見つかる。ルカは一度サンタ・マリア島を訪れることを決心する。ルカは、一九七九年に、ローマの考古学教授であるロモロ・レオーニが、「モティアの若者像」を発見したという記事を読む。一連の記事によると、地元の歴史学の教授エットレ・ラジョイアはそれが偽物であると主張、その論争は今も続いているということであった。ルカはその詳細の調査をシルヴィオに依頼する。

ディエゴは、モティア島で発掘調査中のジュリアを訪れ、話をしたいと言う。ジュリアはそれを拒否、ディエゴはジュリアの腕をつかみ、彼女は悲鳴を上げる。それを聞きつけた調査の仲間が駆けつけ、ディエゴは取り押さえられ、警察に引き渡される。弁護士のミロは、ディエゴが証人に暴力を振るったことで、彼が極めて不利な状況に置かれることになったと、ルカに告げる。

アダは雑誌の記者だと偽って、アルバモンテ家を訪れ、デリア・レオーニと会う。デリアは直ぐに、アダが記者でないことを見抜く。アダは自分の身分を明かし、ディエゴがジャコモを殺したのではないことを証明したいという。デリアはアダに好感を持ち、ジャコモの日記を探し出し、読んでみることを約束する。

 

一九二七年六月、ファヴィニアナ島にマグロ漁「マタンツァ」の開始を告げる鐘が響く。アントニオもそれに参加していた。彼は、母親を亡くした後、漁師で身を立てる決心をした。妹のコンチェッタを彼は嫌っていた。コンチェッタ以外の兄弟姉妹は皆死亡していた。アントニオは漁師として成功し、ジョヴァンナという娘と知り合い付き合い始めていた。しかし、彼は車を運転中、崖から転落して死亡する。間もなく、またアントニオという人物が漁に加わる。ジョヴァンナは、そのアントニオを「偽物」となじる。

一九三五年六月、ファヴィニアナ島は「マタンツァ」のシーズンを迎えていた。「ライス」のカロジェロは今年限りの引退を考えていた。彼は自分の後任にアントニオを指名した。シーズンを終え、アルバモンテ屋敷で行われた食事の席で、カロジェロは、主人のウィリアム・フィリプソンに後任のアントニオを引き合わせる。ウィリアムの妻ヴィットリアは、アントニオが黄色に近い、野獣のような眼の色をしているのに気づく。

一九三七年六月。ファヴィニアナ島。ウィリアム・フィリプソンと息子のエドワードは「マタンツァ」の船に乗る。異例なことであるが、ライスのアントニオはそれを認める。ところが、マグロを最後の網に囲い込んだところで、ウィリアムとエドワードは網の中に転落する。激しく動く大きなマグロに揉まれて、ふたりは死亡する。ヴィットリアはふたりの死体を乗せて、アルバモンテ家の屋敷へ戻って行く。

 

シルヴィオが自動車事故で死亡する。彼の運転する年代物のポルシェが、カーブを曲がり切れず崖から落ち、炎上したのであった。密かにシルヴィオを好きだったアダは衝撃を受ける。シルヴィオは年代物のポルシェに乗ってはいたが、スピードは出さない方であった。ルカがシルヴィオの車の整備工場に問い合わせると、彼の車は直前に整備に出されていた。シルヴィオの事故は、スピードの出し過ぎや、車の故障ではなく、何者かが車に細工をしたのではないかとルカは疑う。シルヴィオは死んだ日の午後、ルカに会いたいと言ってきていたが、午前中、彼がどこで何をしていたのかは不明であった。

シルヴィオの姉のデボラから電話が入る。シルヴィオのアパートが荒らされているという。ルカとアダが駆けつけると、シルヴィオのアパートには彼の撮った膨大な量の写真が床に投げ捨てられていた。シルヴィオは自分の撮った写真を題材毎にファイルしていた。そのうち「モティア」のファイルだけ、中身が空になっていた。ルカは、シルヴィオが何らかの事実を見つけて、それを公にしたくない人物によって、車を細工され、殺害されたと考える。

警察はディエゴをジャコモの死亡事件の重要参考人として扱い、保釈はされたが逮捕は時間の問題になってきた。ところがそのディエゴが行方不明になる。ルカの元妻でディエゴの母親であるフランチェスカが、ディエゴを隠してしまったのだ。

 

一九四六年、ファヴィニアナ島。英国から来た学生、チャールズ・コーテネイが、ジョージ・フィリプソンを訪れていた。ジョージは、ウィリアムの息子で、エドワードの弟であった。チャールズは、マタンツァに興味を持っており、それをメルヴィルの「白鯨」と比較することにより、博士論文を書きたいと思っていた。彼はそのために、かつての学友のジョージを頼って、シチリアまでやってきたのだった。チャールズはジョージに、ライスであるアントニオを紹介してくれるように頼む。アントニオはチャールズの取材に応じ、ふたりは数週間に渡り一緒に過ごす。ある日、アントニオはチャールズをドライブに誘う。アントニオは昔自分が住んでいた洞穴にチャールズを誘い、彼を抱きしめる。チャールズはアントニオが女性であることに気付く。

 

アダとルカは、モティア島の横に浮かぶサンタ・マリア島に向かう。ふたりが上陸すると、銃を持った老女が現れ、立ち退きを迫る。

「セニョーラ・リッツォ、あなたの父親のアントニオついて話をしたいんだ。」

とルカは叫ぶ。老女は銃を下げ、ふたりについて来るようにうながす。老女、カタリーナ・リッツォの語る物語は、事件の真相に迫るものであった。しかし、カタリーナは、警察への証言を拒否する。

 ルカがアパートに戻ると、封筒が配達されている。それは、シルヴィオが殺される前に送った、モティアの若者像の写真であった。アダがその写真を見る。そしてその写真からアダは「若者像」の真偽に関してある重要なことに気付く。

 ルカは、博物館の職員マルチェロを訪れ、盗難事件のあった夜、何か変わったことがないか、もう一度よく考えてみてくれと頼む。マルチェロは、前日の夕方床をきれいに掃除したはずなのに、翌朝には小さな紙切れが博物館の床の上に落ちていたことを思い出す。その紙切れをマルチェロは保管していた。それは小さなリゾートの村ヴィラビアンカのスポーツ店で発行したレシートで、そのとき販売した靴のタイプが印刷されていた。ルカはその村のスポーツ店へ向かう。そして、その靴を買った人物の情報を得る。それはルカが良く知る人物であった。

 デリアは夫のロモロに、ジャコモの日記の行方について尋ねる。夫はそんなものは見たことがないと答える。夫の不自然さに気付いたデリアは、夫の留守中に書斎に入り、その隠し扉の中に入っていた息子の日記を見つける。そして、息子が、殺された夜、独りで島に渡った真相を知る・・・

 

この物語にも登場する「モティアの若者像」、紀元前五世紀の作品。衣服の襞が美しく掘られている。

 

<感想など>

 

私事になるが、息子と妻はシチリア島を訪れたことがある。九州程の面積を持つ、結構大きな島だという。そして、その風景は素晴らしく、息子は何回かシチリア島を訪れている。その風光明媚な島を舞台にした物語である。有名な場所を舞台にしたご当地物の一種で、その土地の、見所、文化が組み入れられている。

シチリア島はまた、長い歴史を持った場所でもある。物語の舞台となるマルサラの町とモティア島は、シチリアの一番に西に位置をする。島には紀元前八世紀からフェニキア人の入植が始まり、ラグーンに浮かぶ島は、城壁に囲まれたひとつの街となった。物語に出てくる「モティアの若者」の大理石像は実在し、一九七九年に発見されている。モティアが栄えたのは今から二千五百年前である。日本では縄文時代の頃、高度に機能する街が存在し、人々が文化的な生活を送っていたことは信じがたい。

最近は、ミステリーも、過去の出来事が現在の事件に関係しており、過去の出来事と現在の事件が交互に語られるパターンが多い。この物語も過去と現在が交錯している。モティアで発見された学生の死体を廻るプロット、また有名な像が盗難に遭ったという現在の話の途中で、突然、五十年以上時代を遡ったエピソードも始まる。そして、その過去の記述は徐々に現在に近づいてきて、最後にはふたつが一緒になると構成である。

かつてマルサラの近辺は、ワイン生産と漁業で栄えていた。その富の中心にいたのが英国から移住したジョン・フィリップソンと、その子孫であった。また、当時アメリカに渡った夫からの連絡が途絶え、四人の子供を抱え窮地に陥ったカタリーナとその子供たちのストーリーも並行して進む。同時に、息子の無罪を証明しようと走り回る父親、ルカ・サンタンジェロの物語でもある。ちなみに、ルカがこの後のシリーズも、主人公として活躍するそうである。

フェニキア人は、自分の一番上の男の子を殺し、それを神に捧げたという。そして、その「呪い」が今も辺りを支配しているという噂がある。事実、ウィリアム・フィリプソンの長男は事故で死に、ロモロ・レオーニの長男ジャコモも死亡する。

バイアーノという作者の名前から、この物語を書いたのはイタリア人で、それをドイツ語訳したのだと最初思っていた。しかし、どこにもイタリア語の原作を示す表記がない。調べてみると、バイアーノはイタリアには住んでいるがドイツ人で、最初からドイツ語で書かれた本であった。ベニスを舞台に、イタリア人を主人公にした作品を書いている米国人の作家、ドナ・レオンと同じパターンである。さすがに最初からドイツ語で書かれた本なので、ドイツ語に無理がない。しかし、過去と現在の転換が激しく、最初ストーリーについていくのに苦労した。

男だと思っていた人物が女性だったということが二回ある。しかし、同じ船に乗っている人物が、実は女性であると気付かないというのはちょっと無理のある設定だと思う。「シチリア流の復讐」というタイトルのように、この物語の底流にあるのは、時間を超えた壮大な復讐劇である。

この本を読んで、ジャン・ルク・バナレックという作家が書く、フランスのブルターニュ地方を舞台にしたミステリーを思い出した。太陽の光が降り注ぐ海岸で起こる凶悪な事件。おそらくその対比が似ていたのだと思う。しかし、シチリアの最西部の歴史、地理、産業、文化、住民を、よくもここまで一冊の本の中にまとめられたものだと、それには脱帽する。「ご当地物のミステリー」は枚挙に暇がないが、観光地の表面的な紹介に終わる物が殆どであった。ここまで掘り下げた、奥の深い「ご当地物」はあまりお目にかかったことがない。この本を読むと、本当にシチリアを訪れたくなる。

 

201771日)

 

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